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井上尚弥の左フックを読み切った、
世界最高のボクシングカメラマン。
text by
高橋夏樹(Number編集部)Natsuki Takahashi
photograph byNaoki Fukuda
posted2019/11/14 18:00
福田直樹が撮影した井上尚弥対ドネア戦の決定的カットの1枚。連写機能があれば撮れる、というものではない。
左フックから右ストレートの距離へ。
だが、2ラウンドにアクシデントが起きる。ドネアの左を被弾した井上が、プロで初めて右まぶたをカットし、流血したのだ。
「目には(血が)入るだろうし、ドネアは左フックがあるので、ちょっと怖い展開になったとは思いました。でも次の回には出血も止まっていたので、セコンドも凄いな、と。ただそこから井上選手が、あるいはお互いにかもしれませんが、慎重に、ちょっと距離を取ってきたので、キーパンチが左フックからお互いの右ストレートになってきた。ですから中盤は右を打ち込めるタイミングに注目しながら撮っていました」
フィルムの時代から撮影している福田は、戦っているボクサーと「同化する」ようにして試合の流れを読み、決定的な場面を狙うのだという。カメラの連写機能も追いつかない0.01秒のズレでヒットの瞬間を逃してしまうボクシング撮影において、「パンチを予見する男」と呼ばれる所以である。
そして福田の予想どおり、中盤5ラウンドに井上の右ストレートが決まってドネアをふらつかせた。井上の右拳がドネアの顔面を捉える瞬間を、福田のシャッターもまた的確に捉えていた。
不穏な空気の「向こう側」を予見。
しかしすでに数多く報道されたとおり、このとき井上は右目に異変を抱えており、無理に追撃しなかった。逆に7ラウンドからはドネア優勢の展開に。9ラウンドには今度はドネアの右カウンターが決まり井上がぐらつく。よもや……という不穏な空気すら漂った。
だが福田は会場の空気とは違うものを見て取っていた。
「ドネアペースでしたけど、隣のカメラマンと雑談で、ここからレナード対ハーンズ第1戦みたいに、10回過ぎてからヤマが来て井上がストップ(勝ち)するんじゃないか、って言ったんですよ。それだけ彼にカリスマというか、このままじゃ終わらない、というものを感じました」
またも福田の予測は当たった。のちにドネアが「あそこでラッシュしなかったのがミスだった」と悔やんだ9回をしのぐと、井上は10回に息を吹き返す。