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<怪物デビューの熱狂>
1年生、清宮幸太郎の夏。

posted2019/08/19 15:00

 
<怪物デビューの熱狂>1年生、清宮幸太郎の夏。<Number Web> photograph by Hideki Sugiyama

大半が上級生のチームの中で、おどけた顔を見せる清宮。その陰には加藤を始め3年生の気配りがあったという。

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清水岳志

清水岳志Takeshi Shimizu

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Hideki Sugiyama

高校野球100周年。節目の年に高校生となったスーパールーキーが、聖地を熱狂の渦に巻き込んだ。1年生の清宮幸太郎とはどんな存在だったのか。恩師や対戦相手らが怪物の登場を回想した。(Number984号掲載)

 早稲田実業(早実)の監督を1992年から務める和泉実にとって、2015年のチームは、西東京大会を突破するイメージさえ持てない実力だったという。

「甲子園まで行って、しかもベスト4なんて思いもしなかった。二度とあんな年はないね。不思議なチームでした」

 打撃の破壊力には定評があった。一方で、投手陣の不安定さが、新チーム発足時からの最大の課題だった。

 この年の97回大会は、高校野球が100年目を迎えた区切りの大会だった。開会式で第1回大会に出た10校の代表者が復刻ユニフォームで行進し、開幕戦では偉大な先輩、王貞治氏の始球式が予定されていた。

 和泉はこの年の重要性をこう振り返る。

「うちは第1回大会に出ていて、しかも王さんが始球式をするとなれば、甲子園に出なきゃまずいだろうと。プレッシャーはもちろんあった」

 主将・加藤雅樹も同じ思いを抱いていた。

「部としては絶対に出なきゃいけない年。自分も出たことがなかったし、負けたら人生終わりぐらいの気持ちだった」

 そんな“特別な年”の早実へ入学してきたのが、清宮幸太郎だった。

 始まりは、初春の八王子のグラウンド。高校の入学式前のある日の練習中、清宮が見せた初のフリーバッティングにナインが仰天した。和泉が言う。

「すごかったですよ。『やりたいです』と言うからやらせたら、1本目が右翼のネット上段で、2本目は場外。そこを越えるのは当時は加藤ぐらい。今まで見たことのない1年生だと、僕も衝撃を受けました」

この記事は雑誌『Number』の掲載記事です。
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