野ボール横丁BACK NUMBER
信用できる男は秘密を守る――。
星稜2年生投手の尋常ならざる肝っ玉。
posted2019/08/13 17:00
text by
中村計Kei Nakamura
photograph by
KYODO NEWS
大エース奥川恭伸の代役は、口の堅い男だった。
星稜は2回戦の立命館宇治戦、先発に2年生の荻原吟哉を立てた。試合前の取材で、監督の林和成は先発投手を聞かれ、きっぱり言った。
「荻原(吟哉)です。(背番号は)11番です」
奥川以外の投手の情報をほとんど持っていない記者たちは、そこからどっと荻原のもとへ流れた。
身長183センチの奥川と比較すると、身長170センチしかない荻原は、体のスケール感でだいぶ見劣りした。だが、落ち着いた雰囲気は、奥川と比べてもまったく遜色がなかった。
「緊張したら、深呼吸をして、周りを見渡しながら投げたい」
先発することになり記者が殺到しているという、今、自分が置かれている状況も、しっかりと把握していた。荻原は、記者に監督が先発投手を明言したといったニュアンスの質問を当てられても最後まで口を割らなかった。
「準備しとけと言われましたが、まだ投げるかどうかはわからないです」
「準備完了、という感じです」
大勢の大人に囲まれても頭はクール。
試合前の取材は通常、試合開始のおよそ2時間前に行われる。メンバー表を交換する前に、どこで、どのように情報がもれるかわからない。なので、中には先発を聞かれても、明言を避ける監督もいる。だが、監督が明らかにしているにもかかわらず、それでもなおかつ秘密を守ろうとする選手を見たのは初めてだった。
荻原なりに、念には念を入れての判断だったのだろう。大勢の大人に囲まれ、それだけの判断力を維持できることに驚かされた。林が「選手を信頼するしかない」と、大役を荻原に任せたのも理解できる。