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「生涯通じて伸びしろを埋めていく」
復帰戦で見せた武藤敬司の笑顔。
posted2019/07/03 11:50
text by
雨宮圭吾Keigo Amemiya
photograph by
Essei Hara
名優が1人去り、1人戻ってきた。
「もう私はここまでです。Uターンして家族の下へ帰ります」
引退試合を終え、長州力はリングの上でしおらしくそう語った。
「あの人は今終わったけど俺は今からスタートだからな。その違いを証明していかなきゃならない」
引退試合の相手を務め、武藤敬司は弾ける汗とともにそう語った。
昨年3月にボロボロだった両膝に人工関節を入れる手術を受け、6月26日に後楽園ホールで行われた長州の引退興行で1年3カ月ぶりの復帰を果たした。
メーンイベントの6人タッグマッチ、全員がリング上にそろうと武藤の背丈がひときわ大きい。そして名前をコールされると、分厚い胸板をぐっと突き出してから、真っ白なガウンを放り上げるように脱ぎ捨てるのだ。
翻ったガウンのフリンジがきらきらと照明の光を跳ね返して輝く。その見得の切り方、仕草だけですでに魅惑的であり、体の大きな武藤がやると一層映える。「俺はデカフェチだからさ」と武藤が言っていたのもよく分かる気がしてくるのである。
ヨタヨタした歩き方は術前と大して変わっていなかった。ただし、これは長年膝をかばって歩き続けた後遺症で、肉体が正常な歩き方を忘れてしまっているのだという。関節の痛みではなく、神経回路の問題である。だからフラッシングエルボーやドラゴンスクリュー、長州に見舞ったシャイニングウィザードにも鈍さは全くない。久々の試合に楽しげな表情を何度も浮かべていた。
生涯現役を宣言するからには。
唯一ブランクを感じさせたのは、肩で息をしながら時おりエプロンで座り込んでいたことである。試合の緊張感や会場の雰囲気を感じながら動き回ることは、トレーニングでは養いきれない。スタミナ面にはまだまだ課題を残していた。
「久しぶりの試合で、今日は試合道具をパッケージするだけで息が上がっちゃったからね。いくら練習しても試合で動くと息の上がり方が違う。でも逆に言ったら今日がスタートで、伸びしろがすっごいあるということだから。生涯通じて伸びしろを埋めていく作業をしますよ」
復帰戦の手応えはおそらく上々。伸びしろという言葉を使うところが、生涯現役を宣言する武藤らしくもあった。