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渡邊雄太と石川祐希、2人の天才。
「海外を自分で経験することが大事」
posted2019/06/04 12:00
text by
石井宏美Hiromi Ishii
photograph by
Mari Amita
バスケットとバレーボール。競技は異なるが、1994年生まれと1995年生まれの同世代。大学時代から海外挑戦をしながら、昨季プロデビューを果たすなど共通点も多い渡邊雄太と石川祐希が、初めて顔を合わせた。
1歳年上の渡邊が最初にこう切り出した。
「ずっと話してみたいなと思っていたんですよ」
元バスケットボール選手を母に持つ石川も、以前から渡邊の存在が気になっていたようだ。
「僕はバスケットが好きなので、けっこう動画サイトで映像を見るんですよ。渡邊選手のNBAの映像も見させていただきました」
昨季、NBAのメンフィス・グリズリーズと2Way契約を締結し、田臥勇太以来日本人2人目となるNBAデビューを果たした渡邊と、バレーボール世界最高峰リーグ・セリエAのシエナでプレーした石川。世界最高と言われるリーグで長い戦いを終えたばかりの2人は、終始リラックスした表情のなかにも、次のシーズンへの決意を新たにしていた。
今回の対談の中で、惜しくも誌面には使えなかったがとても印象的だった2人の言葉を、特別に紹介したい。
幼い頃からNBA選手になる夢を抱いていた渡邊が本格的に渡米を考えたのは、高2の冬だったという。香川・尽誠学園でウインターカップ準優勝を機に多くの人々にその存在を知らしめた。「君ならアメリカでやっていけるんじゃないか」。そんな言葉にも後押しされ、高3になると卒業後はアメリカで挑戦することを決めた。
ただ、当時はまだアメリカでの成功例が少なかったため、反対の声も多かったという。それでも自分がパイオニアになるという強い意志のもと、渡米を決断した。
アメリカでは成績が悪いと競技もできない。
アメリカでの最初の壁はやはり言葉だった。
2013年3月に高校を卒業すると、まずは9月から現地のプレップスクールに通い、NCAA1部の大学への入学を目指した。2014年2月にジョージ・ワシントン大学へ進学することが決定し、同年11月にNCAAデビューを果たした。
スタッフや選手とのコミュニケーションに英語は欠かせないが、NCAAでは一定の成績を保つことが出来ない学生アスリートは競技への参加を見送られ、学業成績が良くないチームには試合や練習時間の削減といったペナルティが与えられる。バスケットをするためには学業、つまり語学の習得は必要不可欠なのだ。