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スペインGPもこれで見納めか……。
努力の天才・シューマッハーの記憶。 

text by

尾張正博

尾張正博Masahiro Owari

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photograph byGetty Images

posted2019/05/19 17:30

スペインGPもこれで見納めか……。努力の天才・シューマッハーの記憶。<Number Web> photograph by Getty Images

'94年スペインGP表彰台。左からシューマッハー、優勝のデイモン・ヒル、3位のマーク・ブランデル。

「彼だけ、まったく違う走り方をしている」

 40周以上も5速だけで走行し、つかんだ2位表彰台。優勝は逃したものの、「私はこれまで91勝を挙げてきたが、あのレースはそれらどの勝利にもひけをとらないベストレースのひとつだ」と本人が後日語っていたように、多くのファンにとっても忘れることができないレースとして語り継がれている。

 シューマッハーと同じ時期にF1の舞台で戦った経験を持つ中野信治が、今年のスペインGPへ視察に来ていた。'97年に初めてカタロニア・サーキットで、シューマッハーのフェラーリの後ろを走ったときの衝撃はいまでも忘れられないという。「彼だけ、まったく違う走り方をしているんです。しかも、だれにも真似できない走り方で……」

 テストを終えた中野を待っていたのは、再びシューマッハーによる衝撃だった。ミーティングを終えて、ほかのドライバーたちと同じようにホテルへ帰ろうと駐車場へ向かっていたときのことだった。途中、フェラーリのトランスポーターを通り過ぎると、ちょうどシューマッハーが出てきた。

「彼もミーティングを終えて帰るのかなあ」と思った中野が見ていると、シューマッハーはトランスポーターの横に並んで停まっていたもう1台のトラックに入っていった。よく見ると、トラックにはトレーニング機材が積まれており、シューマッハーはその中でトレーニングを始めたのだった。

スタッフの気持ちを1つにするために……?

 当時のシューマッハーは'94年、'95年とタイトルを獲得し、現役最強の名をほしいままにしていた。その最強王者がテストを走り終えたミーティングの後もサーキットに残ってトレーニングする姿を見て、中野は悟った。

「なぜ、サーキットでトレーニングしていたのか、本当の意味はわかりません。もしかしたら、疲労を少しでも早く回復させるためにクールダウンをしていただけかもしれません。でも私は、シューマッハーがトレーニングしている姿を見せることで、フェラーリのスタッフの心を動かそうと、あえて横付けされたトラックの中でやっていたんだと思います。『こんなに努力しているこいつのためだったら、俺たちも頑張ろう』と」

【次ページ】 天才と、それを支えるマシンの共同作業。

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ミハエル・シューマッハー

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