オリンピックへの道BACK NUMBER
順位や点数に収まらない美の衝撃。
世界選手権の羽生結弦の忘れがたさ。
posted2019/04/04 08:00
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph by
Asami Enomoto
それは忘れがたい演技だった。
3月23日、世界フィギュアスケート選手権男子フリー。最終グループで登場した羽生結弦は、渾身の、あるいは魂のすべてを込めたとでも形容すべき演技を、さいたまスーパーアリーナの氷上に体現した。
昨年11月のロシア杯で右足首を負傷して以来の大会だった。久しぶりの実戦だった。日本で行われる試合への出場も久々ということもあって、開幕前から羽生への注目は否応なく高まっていた。
その中にあってショートプログラムに臨んだ羽生は、冒頭の4回転サルコウが2回転になるミスもあり、3位で折り返すことになった。
「今ものすごく悔しいので、フリーに向けて、今できることを1つずつ重ねたいと思います」
そんな決意とともに迎えたフリーは、演技の前に行われる6分間練習から、明らかに気迫が異なっていた。リンクサイドへと足を踏み入れるとき、練習から引き上げるとき……。いつにない強い気持ちが込められているのが感じ取れた。
火の出るような4分間。
いざ始まった演技では、プログラムの世界観を損なわず、同時に火の出るような4分を見せることになった。
冒頭、4回転ループ。公式練習でも苦しんでいた難度の高いジャンプを成功させると、歓声と拍手が起こる――。そのあとの演技は、鮮烈な時間だった。
決して、完璧だったわけではない。2つ目のジャンプである4回転サルコウは辛うじて転倒を防いで踏ん張るような姿勢となり、回転不足の判定を受けた。ステップも、最高のレベル4ではなく、レベル3であった。