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<育成契約からの再出発>
島袋洋奨(興南 2010)「“琉球トルネード”復活への軌道」 

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中村計

中村計Kei Nakamura

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photograph byTamon Matsuzono

posted2018/08/24 15:00

<育成契約からの再出発>島袋洋奨(興南 2010)「“琉球トルネード”復活への軌道」<Number Web> photograph by Tamon Matsuzono
あの夏、沖縄を、全国の野球ファンを感動させた左腕は、大学時代に迷い込んだ暗いトンネルの中でもがいていた。だが、甲子園の記憶の中に微かな光を見出そうとしている。3桁の背番号をつける男が見つめる再生への道筋とは――。

 これだ、と思った。

 今年の1月。場所はゴールドコースト。大気中のオゾン層が薄いと言われるオーストラリアの夏は、肌を軽く火にあぶられているような感覚がある。

 まるでコンパスのようだった。軸足となる左足をピッチャーズプレートに置き、その周りに右足のつま先で小さな半円をゆっくりと描きながら体をよじっていく。限界までよじると、今度は右ひざを胸のあたりまで引っ張り上げる。そして、一瞬の間。打者に対し背中を向け、上げた足のつま先は、完全にセンター方向を向いていた。

「思い出したんですけど、高校時代は、このとき右ひざを見てたんですよね。右ひざが上がったのを確認してから、投げにいってました」


 ぎりぎりまでエネルギーを溜め、そこから体を一気に解く。体を前に倒しながら、耳の横を通ってきた左腕が真上から振り下ろされる。島袋のストレートはきれいな縦回転がかかるため、低めのボールでも最後の最後で浮き上がるような軌道を描く。

 そう、これが島袋洋奨だ。興南高校時代、マウンド上で威厳を保っていたときの。野茂英雄の投法をもじって「琉球トルネード」と呼ばれていた、まるで背負い投げをしているかのような独特のフォームだ。

 島袋の身長は173cm。昔から身長が低く、そのハンデを補おうと「溜めた力を途中で逃さないよう」意識するうちに自然とこのフォームになったのだという。

 ただ、島袋は中央大学時代、そしてソフトバンクに入団してから、原点であるこのフォームを封印していた。

この記事は雑誌『Number』の掲載記事です。
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