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<名将が明かす進化の裏側>
ブライアン・オーサー
「ユヅルに教えることはもう何もない」

posted2018/12/04 15:00

 
<名将が明かす進化の裏側>ブライアン・オーサー「ユヅルに教えることはもう何もない」<Number Web> photograph by Asami Enomoto

text by

野口美惠

野口美惠Yoshie Noguchi

PROFILE

photograph by

Asami Enomoto

 苦楽を共にしながら歩むこと7年目。
 歴史を塗り替え続けるスターの傍らにはいつもこの男の姿があった。
 大怪我を経て挑んだ平昌五輪の舞台裏と、2人で目指す次なるステージを語る。

 羽生結弦をソチ、平昌と2大会連続のオリンピック金メダルに導いたブライアン・オーサー。2人がタッグを組んで7年目のシーズンが開幕している。致命的ともいえる怪我をした昨季、平昌に向けた過程で何があったのか。それを踏まえ、新たなメンバーを加えて生まれ変わったチーム・ブライアンの中で、羽生は今後、何を目指すのか。名将の言葉で王者の未来を考える。


 2017年11月。羽生は五輪を3カ月後に控えたNHK杯の練習中に負傷し、試合を棄権した。

「ユヅルが怪我をしたあの日。私は胆嚢の手術直後でベッドから起きられない状況でした。カナダからテレビで見て、一目で『これは重傷だ』と分かった。誰もがユヅルが怪我をしたことで、驚き、不安に駆られたことでしょう。でもオリンピック前はむしろ怪我をしやすいもの。怪我も想定内と開き直り、オリンピックのある2月にピークを持ってくるための練習メニューを練り直した。ものすごいスピードで頭を回転させたのを覚えています」

 怪我のあと、羽生のリハビリの状況はベールに包まれていた。

「思った以上にひどい怪我でした。自力で歩くことさえ出来ず、松葉杖が必要で、怪我の直後のミーティングでは珍しく不安そうな様子でした。いつもの戦略的に勝利へ向かうユヅルではありませんでした」

 不安そうな羽生に対して、オーサーは切り札にしていたある言葉を伝えたという。

「私が出来ることは、モチベーションと体調のコントロールです。そこでユヅルに『6週間』という言葉を伝えたんです。これは私がユヅルと6年間一緒にやってきた中でメモしていた“最終兵器”です。それまでもユヅルは、怪我や病気で練習を休むことが何度もありましたが、練習を再開し、身体のキレ味がピークに達するまでの時間が6週間だったのです。むしろユヅルは6週間以上ハードに練習すると疲れて調子が落ちていきます。ですから平昌にピークを持ってくるには1月に練習再開をするのがベスト。12月末まで治療に専念できるので、『平昌に間に合うよ』と話しました」

この記事は雑誌『Number』の掲載記事です。
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