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スラムダンクの魚住、高砂が手本。
太田敦也がBリーグで伝えたいこと。 

text by

矢内由美子

矢内由美子Yumiko Yanai

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photograph byB.LEAGUE

posted2018/10/10 08:00

スラムダンクの魚住、高砂が手本。太田敦也がBリーグで伝えたいこと。<Number Web> photograph by B.LEAGUE

昨季は全60試合に出場し、シーズンを通じて故障者が続出したチームを支えた太田。

練習中から示していくことで。

 フィジカルコンタクトを仕掛けられた日本は次第に体力を消耗し、後半に突き放されていった。

「体力が削られていく感覚は、口で言っても伝わりません。僕がまず練習中から示していくことで、周りに伝わっていくと思うんです。僕が三遠で伝えて、それが他チームにも伝わっていく。そういうところでBリーグに寄与したいと思います」

 太田は現在34歳。バスケットボール選手としてやっていけるという自信を持ったのはいつ頃、どういうきっかけだったのだろうか? その問い掛けへの答えはいささか意外だった。日大を卒業し、三遠ネオフェニックスの前身であるオーエスジーに入ってからのことだったのだ。

 オーエスジーに入って1年目の太田は出場機会が少なく、出場しても外国人選手にシュートをブロックされてしまう苦しい時期を過ごしていたという。太田は思い悩み、自問自答しながら毎日を過ごした。

「自分には何ができるのだろう。何が得意なのだろう。どうしたら生きるのだろう。ひたすら練習に追われながら、真剣に考えました」

センスは要らない、努力でいい。

 それは、与えられたことを必死にやっていた学生時代にはなかった作業だった。

「自分は別に運動能力があるわけじゃない。跳べるわけじゃない。つまり拠り所がなかったんです。でも、センターをやらなきゃいけない。そこで、何をやろうかといったときに考えたのがディフェンスです。センスは要らない。努力でいい。じゃあ、ディフェンスを頑張ろう。点を取られなければ取らなくてもいいんじゃないか」

 これが太田の転機となった。

「やるべきことが見つかったんです。そういうことを考えなければ、昔のまんまで終わってたんじゃないかなと思っています」

【次ページ】 魚住に魅かれ、高砂から学び。

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