ボクシング拳坤一擲BACK NUMBER
井上尚弥、最強証明のチャンス到来。
4人の世界王者を含むトーナメント。
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byHiroaki Yamaguchi
posted2018/10/06 17:00
公開練習でも、井上尚弥の好調さは存分に発揮されていた。世界も井上のポテンシャルに注目している。
井上優位が定説だが、イージーではない。
そんな胸の高まる大会の初戦で迎えるのがパヤノだ。井上の優位は動かない、というのが全世界共通の予想とはいえ、パヤノの経歴やボクシング・スタイルに目を向けると、決してイージーな相手ではないと言えるだろう。
ドミニカ共和国の極貧家庭に8人兄弟の末っ子として誕生したパヤノは6歳でボクシングをはじめ、アマチュアでアテネ、北京と2度の五輪に出場した。紛れもないトップアマで、本人曰くアマ528戦(35敗)。421勝25敗との報道もあり、正確なレコードは定かではないが、いずれにしても相当な戦績であることは間違いない。
'10年にプロデビューして'14年にWBAバンタム級王座を12度防衛していたアンセルモ・モレノ(のちに山中慎介と2度対戦)を6回負傷判定で下し、WBAバンタム級スーパー王座を獲得したのが出世試合となっている。
パヤノの印象をひと言で表現するなら「曲者」ということになるだろう。頭を下げたり、体をぶつけたり、というラフファイトを厭わない。井上が過去に対戦したチャンピオンクラス、WBO・スーパーフライ級で長期政権を築いたオマール・ナルバエス(アルゼンチン)や、前回のジェイミー・マクドネル(英)と違い、なんとも嫌らしいタイプなのだ。
それでいて、ただのラフファイターではなく、豊富なアマチュア経験をベースにしたテクニックも持ち合わせる。予備動作の少ない左ストレート、「見えない角度からくる左アッパー」(井上真吾トレーナー)はチャンピオンも警戒するところ。井上が「今回は技術戦になる」と長期戦を覚悟しているのは、パヤノのスタイルをよく研究しているからである。
パヤノの心のよりどころは……。
デビュー以来、バンタム級で戦ってきたパヤノは、井上が「下から上がってきた選手」であり、本物のバンタム級を経験していない、という事実を心のよりどころにする。実際に井上がバンタム級で経験した試合時間は、マクドネル戦のわずか1分52秒。その一戦さえ、パヤノのトレーナー、ヘルマン・カイセド氏は経験値として認めていない。
「マクドネルがもうバンタムでやりたくないことを私はずっと前から知っていた。だからあの試合は井上がKOで勝つと分かっていた。マクドネルは試合をしに日本に来たんじゃなく、引退を決めに来たんだ」
マクドネルが「引退を決めに来た」とは思わないが、1ラウンドで終わっていなかったら、試合はどうなっていたのだろうか。体格で上回るマクドネルが徐々に力を発揮する、という展開もあり得たかもしれない……。