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<歩みをとめない者たち>
澤穂希がサッカーと家族に捧げる“全力”人生。
text by
二宮寿朗Toshio Ninomiya
photograph byNanae Suzuki
posted2018/06/28 11:00
控えの立場でも「全力で」支えた。
「今まで試合に出ないことはあまりなかったので、自分のモチベーションをどこに置いていいのか苦しみました。自分の体と心がちょっとずつズレてきて、若いころと比べれば体が動かなかったり、ケガが治りづらくなったり……。でも、まだ自分をあきらめたくはない、(代表から外れたのは)悔しいし、認めたくはない。そういう葛藤がずっとありました。でも2015年にもう1度やると決めて、試合に出ようが出まいがこのチームが優勝するために何ができるかを考えて、優勝するために全力を尽くそうって。そう考えるとすごく気持ちが楽になったんです」
ワールドカップカナダ大会のメンバーに選ばれ、2015年5月に約1年ぶりとなる代表復帰を果たす。本大会では控えの立場から、まさに「全力で」支えた。ゲーム形式のトレーニングでは対戦相手の役回りをこなし、本番さながらに激しいプレーを実践した。
「練習でできないことは試合でもできない。どの立場でも100%でやる。チャンスはいつくるかわからない」
先頭に立って模範を示し、同じように控えに回る選手のモチベーションとコンディションを引っ張り上げようとした。澤の献身はチームをまとめ上げ、なでしこジャパンは準優勝に輝いた。
やるべきことはすべてやった。肩の力がスッと抜けていく感覚を得た。
サッカーから離れても歩みをとめない。
「いい意味で現役を引退する前に、いろいろな立場の人の気持ちを分かることができて、チームでの役割を含めて自分なりに感じられたのはよかったなって思います。様々な人の思いがあってチームは成り立つんだなと、あらためて凄く感じることができましたから。
2015年は心と体が一致していました。でも翌年のリオ五輪に向けてもう1シーズンやれるかなと考えたときに、いや、もう無理って(笑)。スパッと決断ができました」
柔らかい笑みを、彼女はもう一度浮かべた。
次なる目標も、生まれている。
2015年8月に結婚をして、1歳半になる愛娘がいる。
「長い間、自分の好きなサッカーをやってきたので、今はスイッチして娘のために全力を尽くしたいって思っています。私の母親は、私が見つけてきたやりたいことに対して一切ダメと言いませんでした。自分もそうしたいと思います。全力で守りたいし、彼女がやりたいことを全力でやらせてあげたいですね」
サッカーから離れても、彼女は歩みをとめることはない。
周りに感謝の思いを持ちながら、ひるまず、あきらめずに前に向かう。その先にきっと、つかみたい何かが待っているのだと信じて――。
澤 穂希さわ ほまれ
1978年9月6日、東京都生まれ。15歳でサッカー日本女子代表に選出され、6度のW杯と4度の五輪に出場。優勝を果たした'11年ドイツW杯では得点王とMVPを獲得。同年度のFIFA女子最優秀選手賞も受賞。'12年ロンドン五輪では銀メダル。日本女子代表として歴代トップとなる205試合出場、83得点を記録。