相撲春秋BACK NUMBER
栃ノ心が教えてくれたふたつのこと。
親方との絆、そして休場する勇気。
text by
佐藤祥子Shoko Sato
photograph byJMPA
posted2018/03/09 17:45
今年の初場所、平幕優勝を決めた直後の栃ノ心。192センチ、177キロの見事な体躯と、類まれな腕力を誇る。
「弟子として親方に最高の恩返しをしたね」
思い起こせば2011年、その親方が栃ノ心をゴルフクラブの柄で殴った、との報道がなされたことがある。数ある相撲部屋のなかでも春日野部屋は特に厳しいことで知られるが、力士の外出時の着物・ゆかた着用は鉄則。当時の栃ノ心は、ラフな恰好で外出し、門限を破るなど“素行不良”を咎められた。
「行きすぎた指導だった」と親方は謝罪したものの、栃ノ心本人は自分の非を認め、「師匠の愛の鞭だった」と受け止めた。
「今あるのは親方のお陰です」
胸を張って憚ることなく栃ノ心は口にする。ときに師匠と弟子の関係性が問題視される相撲界だが、その信頼関係と絆は、余人が口をはさむ余地はない――そう栃ノ心は教えてくれた。
1972年初場所、初代栃東の初優勝以来の春日野部屋の慶事。46年前のこの優勝をただひとり知るベテラン床山がぽつりとつぶやき、その目を潤ませていた。
「今場所の、このタイミングでね……。栃ノ心は弟子として親方に最高の恩返しをしたね」
大怪我で3場所連続全休した栃ノ心。
もうひとつ、栃ノ心が教えてくれたことがある。
「徹底的にケガを治すことの重要さ」だ。
'13年7月に栃ノ心は、右膝前十字靱帯と内側側副靱帯を断裂し、手術を選択している。約2カ月間入院し、九州場所宿舎近くの浜辺を、ひたすらに歩くことから始め、リハビリに励んだ。
「出場したい」と懇願する栃ノ心に、師匠は一言、「まだダメだ。もう一場所休め」と逸る気持ちを抑えさせる。3場所連続全休し、幕下55枚目まで番付を落とし、栃ノ心の心は折れそうになったという。それでも幕下、十両の地位で4場所連続優勝を果たし、一気に幕内まで復活したのだった。