ゴルフボールの転がる先BACK NUMBER
お金や地位より旅を選ぶゴルファー。
川村昌弘「シードがない方が……」
posted2017/12/27 07:00
text by
桂川洋一Yoichi Katsuragawa
photograph by
Yoichi Katsuragawa
時は12月25日、深夜の羽田空港。
クリスマスが終わりに近づいた国際線ターミナルの到着口に、川村昌弘の姿があった。
24歳の彼は世界を巡る旅人ゴルファー。2017年は日本ツアーだけでなく、アジアンツアー、欧州ツアーも掛け持ちした。年明けのシンガポール遠征に始まり、締めくくりは12月の4週間にわたる海外遠征。最後にインドの大会に出場し、コルカタからタイ・バンコクをを経由してこの晩に帰国した。
「今年は18カ国で35試合に出ました。もう、お腹いっぱい」
終盤戦は首痛に悩まされ、肉体的にも精神的にも疲労困憊。それでも、充実感に満ちた顔だ。
中学生の時、遠征で行ったスイスのジュニア大会でアルプスの美しさに心を打たれて以来、川村は独自の夢を描くようになった。学生時代にナショナルチームの常連選手として将来を嘱望されながら、「ゴルフで何カ国に行けるだろうか」という、4大メジャーのタイトルを目指す世界中のトッププロとは少し違うモチベーションを持った。
日本の5分の1の賞金でも、フィリピンやカンボジアへ。
2013年にアジアンツアーを兼ねた日本ツアーでの初優勝をきっかけに、活躍の舞台を大陸に求め、21歳までに22カ国を巡った。今年6月に24歳になり、つい数週間前に南アフリカ共和国に降り立ったことで、人生でちょうど30カ国目の訪問を達成した。
3月にはフィリピンのローカルツアーに参戦。大会にかかる賞金総額は35万ドル、日本ツアーの大きな大会からすれば5分の1程度しかないが、同国出身の友人選手の誘いを快く受けた。
オープンウィークに訪れたカンボジアではエアコンもバスタブもない安宿で眠り、三輪タクシーの運転手と仲良くなって各所を巡った。ネパールでのひとり旅では、ヒマラヤ山脈を眺めた後、古びたバスに乗車した帰りの山道で、迷子になったところを現地の人に助けてもらった。
「僕は地図を持たないで歩くのが好き。町の人に話しかけると、教えてくれるし」