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「大金を池に投げて気前がいいな」師匠・尾崎将司から“厳しい言葉”を浴びても…ジャンボ塾の門下生なぜ笑顔? ゴルフ界に残した大きすぎる功績
posted2026/01/09 06:00
アカデミーを立ち上げるなど後進の指導にも熱心だった尾崎将司(写真は2019年、ジュニアを対象としたレッスン会)
text by

田中宏治Koji Tanaka
photograph by
KYODO
昨年末、尾崎将司さんの訃報が世間に衝撃を与えた。通算113勝を挙げたスーパースターであり、長年ゴルフ界を牽引してきた尾崎さんは常に時代の一歩先を行く、変化を恐れない人だった。
1990年代後半、尾崎さんがスランプを脱し2度目の全盛期を過ごしていたころ、筆者は高校のゴルフ部員だった。入部当初、私も含めて周囲のほとんどがパーシモンのドライバーを使用していたが、尾崎さんが優勝を重ねるごとにメタルドライバーを手にする部員が増えていった。誰もが尾崎さんの真似をし、発売されたばかりのJ’sのメタルドライバーを欲しがる。それはきっとゴルフ好きの大人たちも同じだっただろう。尾崎さんがいたからこそ、プロアマ問わず、一気に変化の波が押し寄せた。
それから十数年後、スポーツ紙のゴルフ担当になった筆者は初めて尾崎さんにお会いした。新担当としてご挨拶し、名刺を渡すと「おお、そうか」。にらんだつもりはなかったのだろうが、視線が鋭い。すでに最後の優勝(2002年のANAオープン)から5年以上が経過していたが、気圧されるような迫力に驚かされた。坐骨神経痛に悩まされ、手術も経験。好スコアを出しても、なかなかそれが続かない。トーナメントでは棄権や予選落ちが増えていたが、多くのギャラリーを引き連れる姿はやはりスーパースターだった。

