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解説者ザックがイタリア代表に嘆き。
「チームとして評価にも値しない」 

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弓削高志

弓削高志Takashi Yuge

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posted2017/09/05 08:00

解説者ザックがイタリア代表に嘆き。「チームとして評価にも値しない」<Number Web> photograph by AFLO

歓喜に沸くスペイン代表とは対照的に落ち込むアズーリ。天国と地獄を分かつプレーオフに回ることになれば、さらなる重圧が待ち受ける。

20年前はゾラやバッジョ、ヴィエリがいたのに……。

「プレーオフ」「ロシア」「W杯」と聞けば、イタリア人が必ず思い出す試合がある。今から20年前の秋、ロシアと戦ったフランスW杯予選のプレーオフだ。

 前回ブラジルW杯までの4大会の予選で、アズーリは組合せに恵まれ、さほど苦しむことはなかった。

 だが、'97年当時、名将チェーザレ・マルディーニに率いられたイタリア代表はFWロベルト・バッジョやFWゾラ、FWヴィエリなど実力者を多く揃えていたにも関わらず、予選同組のイングランドに競り負け、プレーオフに回る羽目になった。

 '97年10月29日、モスクワでの第1戦は大雪に見舞われた。

 不慣れなコンディションに苦しむアズーリを31分、正GKパリューカ負傷というさらなる不運が襲う。

 名手に代わってゴールマウスに立ったのは、19歳のブッフォンだった。W杯出場のかかった、とんでもない重圧に晒されてのA代表デビューだった。

若きブッフォンが雪に苦しみながらゴールを死守。

 FWヴィエリが先制点を挙げた後、若きブッフォンは雪で視界を遮られながら、当時パルマでチームメイトだったDFカンナバーロによるオウンゴールの1失点のみに抑えた。

 試合終了のホイッスルが鳴った後、ブッフォンは全身、雪と泥まみれになっていた。修羅場をくぐった男の顔をしていた。

 代表史上に残る伝説の難ゲームを1-1で凌ぎ切ったイタリアは、17日後、ナポリでの第2戦をFWカシラギのゴールで制し、フランス大会への切符を掴んだ。

 あれから20年、ブッフォンは今もイタリアのゴールマウスを護っている。

 そして、アズーリの鉄人はロシアの地へ行けることを微塵も疑っていない。

【次ページ】 今のアズーリに必要なのは戦術論議より度胸。

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