野ボール横丁BACK NUMBER
甲子園の写真は、撮れなかった。
花咲徳栄・岩井監督の優勝方法。
text by
中村計Kei Nakamura
photograph byHideki Sugiyama
posted2017/08/23 19:30
花咲徳栄は岩井監督が就任した2001年の夏に甲子園に初出場して以来、強豪として存在感を増してきた。
「スマホじゃないんで、撮れないんです」
そのための体力も培った。この冬から、6キロから10キロのトレーニング用ハンマーで、バスやトラックの大きなタイヤを叩く練習を取り入れた。叩いた後、反動で戻ってくるハンマーを手首で押さえつけなければいけないため、薪割りなどとは違う筋肉が鍛えられる。約3カ月、毎日のように「10回×50セット」をこなすと、想像以上にリストが強靭になった。
春の変貌ぶりを部長の村上直心が証言する。
「ガラッと変わりましたね。2年生で4番の野村(佑希)も、このトレーニングのお陰で、主力にのしあがったんです。岩井監督はここ数年で、甲子園に出るための野球ではなく、甲子園で勝つための野球をずっと考えてきた。その成果だと思います」
終わってみると、花咲徳栄は6試合連続2ケタ安打を記録し、14-4と圧勝した。
選手がグラウンドを行進している際、岩井は、雲の多い夕方の空を見上げていた。
「甲子園の景色をちゃんと見ておこうと思って。いつもは、フェンスの下で野球をしろと言っている。お客さんも目に入らず、歓声も耳に入らないくらいの集中力で戦ってきましたから。写真を撮れれば、よかったんですけどね。スマホじゃないんで、撮れないんです」
決勝の雰囲気までは想像できたが、優勝したときのことまでは、考えていなかったようだ。