ボクシング拳坤一擲BACK NUMBER
ボクシングの1敗は重いはずが……。
黒星をプラスにした村田諒太の夢。
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byKyodo News
posted2017/06/12 17:00
1年に数試合しか組めないボクサーにとって、1敗は重い。しかし村田諒太はどこまでも楽しそうなのだ。
村田の1敗は、最終的な収支はむしろプラス?
しかし、村田の喫した1敗のダメージは最小限であり、ひょっとすると、最終的な収支はプラスと思えるほどだ。判定結果は日本のみならず海外でも話題となり、その多くが「村田が勝っていた」という村田に対して同情的、ジャッジに対して批判的な内容だった。
試合後に更新された世界ランキングで、村田はWBOとWBCで3位につけた。両団体はエンダム戦の敗北をマイナス材料とは考慮しなかったということだ。
よく、戦前に不利を伝えられた選手が勇敢に戦い、大いに試合を盛り上げて敗れると「負けて男を上げる」というケースがある。村田はこれに当てはまらないが、まったく予想もしなかった形で評価を得た。試合後、判定内容に一切の不満をもらさなかった姿勢もスポーツマンらしく、我々に好感を与えた。
自分のことを、7割しか信じられていなかった。
周囲の評価が落ちなかったこと以上に、本人が手にした自信が、村田の表情を明るくさせている。
村田は試合について次のように語った。
「世界レベルの選手とやって自分のボクシングがどこまで通用するのかというのは、半信半疑とまでは言わなくても、7割くらいしか信じていないところがあった」
村田はこの試合まで、世界トップレベルの選手と対戦したことがなかった。ハードな練習で自信をつけ、「オレは勝てるんだ」と思い込もうとしても、不安が残ったのは当然だろう。「7割くらい」という表現がなんとも絶妙に思える。
エンダム戦を評価するにあたり「もっと倒しにいけば」とか「もっと手数を出せば」という意見がある。村田はこの点を「相手へのリスペクトがあったと思う」と説明した。
エンダムは何度ダウンしても立ち上がる選手であり、ダメージを負っていても強いパンチを打ってくる。ここで勝負をかけてスタミナが持つのか、という思いも頭の片隅にあった。一気に勝負をつけられなかったのは、技術的な問題もさることながら「3割くらい」の不安が原因ではなかっただろうか。
もっとこうすれば、もっとここを磨けば、という具体的な課題が見つかったことは明るい材料だ。たとえば、村田がロングレンジから強い右ストレートを打つと悟ったエンダムは、足を使いながら危険を察知すると、さっと距離を詰めて村田の強打を封じた。クリンチもうまかった。「ショートパンチでしっかり対応しないといけない」。課題でさえ、村田は楽しそうに話すのである。