ドラフトを経ても、柳は全く変わらなかった。

　ドラフトのあとにリーグ戦の春・秋連覇があり、さらにそのあとに明治神宮大会での全国制覇という偉業を達成した後でも、明治大・柳裕也には何の変化も見られなかった。

　人生の大きな岐路に立ち、ドラフト指名という運命の衝撃を受け止めたはずなのに、その揺らぎも、迷いも、おごりも、昂ぶりも、およそ“動揺”に類する変わりようは、何も見えてこない。

　マウンドに上がれば、いつも自分の持ち味を十分認識して、それ以上でも、それ以下でもない、“いつもの柳”を見せてくれる。そんな揺るぎない頼もしさに、私は敬意を表さずにはいられない。

柳はマウンドで、投手の特権をフルに使う。

　打者を圧倒するほどのスピードも魔球も見当たらないから、たまには打たれて走者を許す。両サイドギリギリを突くコントロールが球審に理解してもらえない日には、四球で出塁を許すこともある。

　しかし、そこからが“柳裕也”だ。

　セットポジションをとる。そこで長く持つ。5秒、7秒……。

　長く持つほど、走者はスタートのきっかけを失い、打者は呼吸を合わせる根気に途切れが出る。

　長く持たれて、走者の緊張が切れかかったころ、彼はやや大きなモーションで一塁けん制を入れる。そしてさらにもう一度長く持つと、再び大きめのモーションでけん制を入れる。

　大きなモーションから2つけん制を放られて、走者はそれに合わせた帰塁のタイミングを覚える。

　そこで、3つ目だ。

　一転、体を鋭く切り返し、さっきまでより猛烈に速いクイックスローで一塁けん制。

“さっきのタイミング”が体に刷り込まれている走者は、もう間に合わない。あっ！　と思った時には、手から戻った指先をファーストミットにバシッと叩かれている……と、そういう寸法だ。

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