マスクの窓から野球を見ればBACK NUMBER
ドラフトでも、球場でも大人気の男。
中日1位・柳裕也の図太い変わらなさ。
text by
安倍昌彦Masahiko Abe
photograph byNIKKAN SPORTS
posted2016/11/21 11:00
球速がそこまであるわけではないが、奪三振率も高く、安定感がある柳裕也。プロでも気づいたら数字を積み上げているタイプだと信じたい。
苛立った人間は、判断を間違いやすくなる。
柳裕也は、ボールを投げる前に、すでにもう打者と走者を相手に、一度勝負している。
投手は、マウンド上で“時間”を支配できる。投手が投げないと野球が始まらないのなら、ルールの範囲内で、投手はすぐに投げてもよいし、ギリギリまで投げずにいてもよい。
間合いの緩急は、投手が支配しているのだ。
走者を一塁に進めた時、柳裕也はこの大きなアドバンテージを、周囲に遠慮なしにフルに活用している。
ボンヤリ見ていると、間合いが長く、けん制が多く、なかなか打者に投げない投手だから、イライラしてくるかもしれない。しかし見ている者がイライラするぐらいだから、向き合って立っている相手の打者と走者はどれほど神経を苛立たせることか。ここが、彼のピッチングの“キモ”だ。
苛立った人間は、感情のバランスを失い、判断を間違い、思ってもみない行動に出る。
なんであんなボールに手を出したのか……。
あとになって、悔いの残るバッティングをしてしまって、それは深い敗北感を伴う。
走者を背負ってからの柳裕也のピッチングには、“失投”がない。甘く入って打たれるなら、ボールにして投げ直したほうがよい。そんな意識を徹底させて投げているように見える。
きびしいコースを、カットボールとチェンジアップ、そして切り札のカーブを織り交ぜた緩急で突いて、突いて、突きまくる。
変わらない中に成長が見える珍しい投手。
ドラフト1位。
その年の“候補生”の中から、たった12人だけが得られる名誉ある称号を手にしたのだから、普通なら、自分をもっと大きく見せたくなるものではないのか。
柳裕也だって大学4年生、二十歳をちょっと過ぎたぐらいの若者じゃないか。ほんとは、もっと弾けたいんじゃないのか。
それなのに彼は、2人目の走者を出さないこと、2つ目のベースを与えないこと。そのことだけに、ひたすら全力を尽くし、そのピッチングスタイルを決して崩さない。
変わらないと、成長はない。以前、そう言った剛腕がいた。
それも一理。
変わらない中に、成長が見える。それが、柳裕也だ。
みずからの“投”を、さらに深く、さらにわかりにくく掘り下げていこうとする快腕が、いよいよ最高峰に挑む。