ボクシング拳坤一擲BACK NUMBER
パッキャオはなぜ現役復帰したのか。
長谷川穂積も浸る「世界の中心」感。
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byAFLO
posted2016/11/08 07:00
世界王者に返り咲いたパッキャオは、コーナーに上り天に手を合わせた。この瞬間は、おそらく想像を絶する甘美なものなのだろう。
やはり復帰の最大の理由は経済的な問題なのか。
もはやすべてを手にしたかに見えるスーパースターのリング復帰に「なぜ」の疑問はつきまとう。
多くのメディアは経済的な理由をあげる。相当にレベルアップしてしまった自らの生活を維持するだけでなく、パッキャオ・マネーをあてにする多くの取り巻き、関係者に義理もあろう。「国民のために病院や学校を作らなければならない」という発言もあった。上院議員で得られる収入だけで、これらすべてを満たすことはできない。パッキャオ自身「私の収入源はボクシングだ」とはっきり口にしている。
パッキャオをプロモートするトップランク社のボブ・アラム氏は、パッキャオの復帰をおぜん立てした中心人物だ。
昨年5月のフロイド・メイウェザー(米)戦でけた外れの売り上げを記録し、パッキャオの懐にも日本円で150億円超が入ったと言われる。スターを育てるのにはお金も時間もかかる。アラム氏にしてみれば、パッキャオにはできるだけ長く活躍してもらい、あわよくばメイウェザーとの再戦を実現させ、最終的には新しいスターにバトンタッチする役目をまっとうしてほしい。そう考えるのは当然だろう。
自分が世界の中心だと感じられる瞬間を求めて。
こうした「やらざるを得ない」事情の土台となっているのが「どうしてもやりたい」というリングへの強い渇望である。個人的にはそう考えている。お金だけが理由で、議員活動と並行して一日も休まずトレーニングができるとはとても思えないからだ。長谷川はパッキャオの心情を次のように推測した。
「試合前のプレッシャー、勝ったときの満足感は、上院議員では味わえないと思いますね。今日も勝ってコーナーポストに上って大歓声を浴びてましたけど、あの瞬間はアドレナリンが尋常じゃないくらい出るんです。自分が世界の中心だと思いますから。それを思い出すと、もう1回世界の中心を味わいたいと思いますよね」
今回の試合は、いままでパッキャオの試合を放映していた大手ケーブルテレビ局のHBOがペイ・パー・ビュー放送を断り、トップランク社が独自に放送を行った。まだ1試合で何億円も稼げるとはいえ、パッキャオ人気に陰りが見えているのは事実だ。
それでもなお、パッキャオはリングに上がり続ける道を選んだ。もうひと花咲かせるのかもしれないし、無残な姿をさらすのかもしれない。確実に言えるのは、それがフィリピンの貧しい家庭に生まれ、2つの拳で己の人生を切り拓き、アメリカンドリームを実現させた男の生き様ということである。