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『4継』の魅力は想いをつなぐこと。
駆け出したくなる青春陸上小説。

posted2016/10/02 08:00

 
『4継』の魅力は想いをつなぐこと。駆け出したくなる青春陸上小説。<Number Web> photograph by Wataru Sato

第一部「イチニツイテ」、第二部「ヨウイ」、第三部「ドン」。高校生の3年間は、濃い。

text by

今井麻夕美

今井麻夕美Mayumi Imai

PROFILE

photograph by

Wataru Sato

 リオ五輪閉幕から1カ月。数えきれないほどの感動があったけれど、もっとも胸が高鳴った瞬間を思い出してみる。

 陸上男子400mリレー。第4走者・ケンブリッジ飛鳥選手が、ジャマイカのウサイン・ボルト選手とほぼ同時にバトンを受け取り、追い抜くかに見えたその一瞬、身体のなかに熱い渦が巻きおこった。思わず「行けーっ!」と声にしながら、ああ、人は風になることができるんだと思った。見ている者をも巻き込む風。バトンと共につながれてきた想いが、彼を突き動かしているのだろう。そんなふうに想像したら、たまらなくこの小説を読み返したくなった。

 佐藤多佳子『一瞬の風になれ』1~3巻(講談社文庫)。

 2006年に刊行され、吉川英治文学新人賞と本屋大賞を受賞した青春陸上小説だ。高校から陸上をはじめる主人公・神谷新二。その幼なじみの天才スプリンター・一ノ瀬連。この2人を中心とした春野台高校陸上部の3年間が描かれる。

 新二は中学までサッカーをやっていた。しかし、サッカーの強豪校に通う兄との才能の違いに、限界を感じていた。一方、連は全国大会で100m走7位の成績を残したにもかかわらず中2で部活をやめ、陸上を続ける気はないようだ。

陸上部に誘われた瞬間の、強烈な熱い風。

 高校入学後のスポーツテスト。新二と連は50mを同じ組で走る。その速さに圧倒された新二は、連に陸上を続けるように言う。そして、サッカーで足を鍛えていた新二のタイムも陸上部員を上回っていた。

〈「新二も走る?」

連は俺に尋ねた。

あまりに何気なく聞かれて、一瞬意味がわからなかった。次の瞬間、何か強烈な熱い風を胸に吹き込まれた気がした。

「おう」

運命のようなものを感じたにしては間の抜けた返事になった。〉

 タイムは出るがまったくの陸上初心者の新二。物語を追ううち、新二と共に練習方法や大会の仕組みなど、陸上のイロハを知ることができる。

【次ページ】 顧問がライバルにする宣戦布告もかっこいい。

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