濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER
山本美憂、RENA、グレイシー……。
RIZINの“幻想”路線は大成功だった。
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byEssei Hara
posted2016/09/27 16:30
ヒクソンは「400戦無敗の男」として数多の格闘家を沈めてきた。かつて総合格闘技界に衝撃を与えた父のような存在にクロンは上り詰められるか。
時間ギリギリでどうにか極めた、とは異なる印象。
確実にバックをキープし、パンチを浴びせつつじっくりとチョークを狙っていくクロン。所が身体を回転させ、上を取る場面もあったのだが、そこで待っていたのは腕十字、三角絞めといった下からのサブミッションだった。RNCでフィニッシュしたタイムは1ラウンド9分44秒。RIZINルールは1ラウンド10分だから、ゴング直前のタップアウトだったことになる。だが、そこに「時間ギリギリでどうにか極めた」という印象はなかった。
1ラウンド残り1分を切ったところで、クロンはバックキープからマウントポジションに切り替えている。そうしてより強いパウンドを叩き込んでいったのだ。所はパウンドを嫌って思わずうつ伏せになる。うつ伏せは相手に背中を向ける無防備な体勢だ。そうなれば、クロンが所のノドに腕を差し入れるのも難しいことではなかった。
打撃の専門家にKOされるかもしれない。でも……。
ラスト1分で、クロンは攻撃のテンポを上げた。9分すぎまでたっぷり“削った”上で仕留めたとも言えるし、相手に反撃する時間を与えないペース配分だったとも言える。いずれにしても、所相手にそれをやってのけるだけの能力を彼が持っていたということだ。試合後、「この勝利は練習の賜物。ゲームプランはなく、どんな局面にも対応できるようにしてきた」と語ったクロンに対し、所は「何もできなかった。完敗です」とうなだれるしかなかった。
キャリア3戦目で所英男に一本勝ち。この勝利で、クロンはさらにその幻想を高めた。いつか打撃の専門家にKOされるかもしれない。でも、一発も打撃をもらわずに十字やRNCを極めてしまうかもしれない。底が見えない寝技幻想。しかもその幻想の持ち主は、ほかならぬヒクソンの息子、グレイシー一族なのだ。
『PRIDE.1』で高田延彦とヒクソンが闘ってから、来年で20年になる。バーリ・トゥードはMMAと呼ばれるようになった。選手層は厚くなり、ルールは整備された。そんな2016年にも、グレイシーは強かったのである。それもまた、極上の幻想だ。