箱根駅伝2016BACK NUMBER
[平成8年第72回大会優勝] 中央大学「怪物“渡辺康幸”に10人の総合力で挑む」
text by
熊崎敬Takashi Kumazaki
photograph byPHOTO KISHIMOTO
posted2015/12/17 07:00
8区で川波が暴走とも言えるペースを出した時、コーチは頭を抱えたというが、それが32年ぶりの歓喜への呼び水となった。
狙い通りの展開からの……。
「いままでは10人のメンバーと、だれがどの区間を走るのかが直前まで決まらず、練習が調整というよりシビアな選考のようになっていました。本番で力を出せないのは、調整期間に力を出さざるをえなかったから。ですから全区間ではないですが、メンバーと区間をチームエントリーの12月上旬に決め、その区間に集中して取り組ませるようにしました」
レースは大志田の狙い通りに展開した。
中大は1区で出遅れ、2区でも松田が早大の渡辺に差を広げられたが、それでも松田は9人抜きの快走を演じて、チームを2位に押し上げた。4区、榎木和貴の区間賞の走りもあって、往路は首位の早大に2分15秒差、5分の貯金を目論んでいたライバルにプレッシャーをかけた。
ちなみにこの年は早大、中大と並んで、山梨学院大学と神奈川大学も優勝候補に挙げられていた。だが、この2校が4区で相次いで棄権したことで、優勝争いは完全に早大と中大に絞られた。
復路になると、中大の分厚い選手層がレースを支配し始める。6区で工藤利寿が区間賞の好走を見せ、早くも早大を逆転。7区で差を詰められたものの、それも想定内だった。あとは最後の3区間で突き放せばいい。川波が暴走したのは、そんな矢先のことだった。
“暴走”が早大の戦意を挫いた。
だが、コーチの不安は杞憂に終わる。川波は力強いフォームで中・終盤を走り抜け、つぶれるどころか区間新記録を叩き出した。暴走と思われた走りが、ライバル早大の戦意を挫く決定打となった。
古豪、中大が32年ぶりに一番手でゴールの大手町に帰ってきた。それは2位の早大に4分37秒差をつける圧勝だった。
能力の高い選手たちが高い能力をそのまま発揮して、中大は優勝した。だから大志田は、この優勝を番狂わせとは考えていない。だが、2区を走った当時3年生の松田は違う印象を抱いている。開口一番、こう言い放ったのだ。
「あんなチームで、よく勝てたと思いました」
実は中大は、不協和音を起こしていた。
箱根駅伝の直前、松田は前田了二主将と主務が激しく言い争う声を耳にした。
「4年生がふたつに割れていたんです。主力組が主将側に、控え組が主務側について対立していて。ぼくら下級生はまとまっていましたが、最上級生がこれじゃあ勝てないよ……そんな空気が流れていました」