ボクシング拳坤一擲BACK NUMBER
商社マン・木村が弁護士王者に勝利。
ボクシングW世界戦で目撃した勝負の妙。
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byKyodo News
posted2015/11/30 11:30
7回、ゲバラの顔面に右ストレートを浴びせる木村。キャリアとテクニックで王座をもぎ取った。
試合後、完全に取り乱していた前王者ゲバラ。
序盤は確かにチャンピオンがリードしていたが、ゲバラのボクシングは感心できるものではなかった。
ノックアウトを狙うあまりパンチが大振りで、空振りをするたびに身体が流れてバランスを崩す。すべてが雑なのだ。これでは体力をいたずらに消耗してしまう。5回に木村をダウン寸前に追い込み、楽勝ムードに拍車がかかったことも裏目に出た。後半徐々に追い込まれていったメキシカンは、立て直すだけのスタミナも精神的な余裕もなかったのである。
試合後のゲバラは散々だった。「こんなひどい判定はない」と不満をぶちまけ、人目も憚らずに号泣した。次の江藤の試合が始まってしばらくたっても涙は止まらない。1人でバッグを抱えてアリーナを飛び出し、右も左も分からない仙台の街をさまよった挙句、わずか数分で肩を落としながら会場に戻ってきた。
母国で弁護士の資格を持つというインテリの取り乱す姿は痛々しくさえあった。ゲバラのマネジャーは、WBCのスーパーバイザーに判定結果を提訴する手続きについてあたふたと質問していた。こうした慌ただしい姿を目にするにつけ、スタッフも含めた慢心が王座陥落という最悪の事態を招く要因になったと感じずにはいられなかったのである。
墓穴を掘って取り返しのつかない敗北を喫したゲバラと対照的だったのが、WBC世界スーパーフライ級王者のカルロス・クアドラスだった。
世界初挑戦の江藤光喜を相手に見せたパフォーマンスには、憎らしいほどに隙というものがなかった。
王者は最後までプラン通りに戦った。
最近の試合ではフットワークも駆使しているクアドラスだが、もともとは34勝26KO1分の戦績が示すように、シャープでキレのあるパンチでノックアウトを量産してきた選手である。つまりパンチには自信がある。江藤が打撃戦を得意とするボクサーとはいえ、ディフェンスが甘いこともリサーチ済みだったはずだ。キャリアの差もあり、そこは「いっちょ打ち合って客を喜ばせてやるか」くらい考えても不思議はなかった。
しかし、クアドラスは徹頭徹尾、最後まで足を使い続けて挑戦者を翻弄した。
「あんなに速いとは思わなかった。後半落ちてくると思ったけど、落ちてこなかった……」とは敗れた江藤の感想だ。江藤とて、ただがむしゃらに前に出続けただけではない。クアドラスにわざとコンビネーションを打たせ、それを防御しながらスタミナのロスを誘った。あえて軽いパンチで誘いをかけ、打ち合いに持ち込みかけた瞬間もあった。しかし、注意深い王者はそういった挑戦者の思惑はお見通しとばかりに、最後までプラン通りにミッションを遂行したのである。