野球善哉BACK NUMBER
前橋育英と延岡学園の美しき決勝。
両校が見せたクリーンファイトの爽快。
text by
氏原英明Hideaki Ujihara
photograph byHideki Sugiyama
posted2013/08/23 12:15
延岡学園のエース横瀬貴広は「思い切り楽しめた。悔いはない」とコメント。連投で優勝に貢献した前橋育英の高橋光成は「最後の1球は先輩たち全員の思いを込めて投げた」と語った。
「振ってくれ」と叫びそうだった。
8月22日の決勝戦。9回裏、2死一、二塁、延岡学園(宮崎)の9番・奈須怜斗は、1ボール2ストライクと追い込まれていた。点差は1点。一打が出れば同点の場面だった。
「見逃し三振」という打者にとってもっとも悔いが残る結果よりも、振りにいっての結果の勝敗であってほしい――強くそう願った。
結果は空振り三振。
その瞬間に、前橋育英(群馬)の優勝が決まった。
もっとも、私は特に延岡学園を応援していたというわけではない。
4回裏に延岡学園が3点を先制し、その直後の5回表に前橋育英が同点に追いつく。7回表に前橋育英が1点を勝ち越すという白熱の好ゲームに、両者がすべてを出し切った上で試合が決着してほしい、と願っていただけなのだ。
この試合には両者の勝った負けただけではない、大きな何かを感じられずにはいられなかったのだ。
対戦相手の捕手に駆け寄って、手当をした一塁コーチャー。
今も心に残っているシーンがある。
それは9回表、1死三塁での出来事だ。
タイムリーが出れば、前橋育英に1点が加わり、試合の大勢がほぼ決まる。そんな展開で、前橋育英の5番・小川駿輝が2-2からの6球目に打ったファールチップが、延岡学園の捕手・柳瀬直也の右手に直撃した。
柳瀬はその場にうずくまった。
すると、前橋育英の一塁ベースコーチャーの富田恭輔が柳瀬のもとへ走り出した。
一塁コーチャーは自軍の打者が死球を受けた時のために、ズボンのポケットにコールドスプレーを用意しているのだが、富田は相手捕手がうずくまるのを見て、駆け寄ってきたのだった。
この数分間、実に温かい空気が流れていた。
コールドスプレーで柳瀬の痛みを和らげようとする富田。柳瀬はグラブとマスクをその場に置いたのだが、打者の小川はそれを手に持ち、柳瀬の回復を待っていた。
この試合では、そうした相手を思いやる姿勢が随所に表れていた。
打者がキャッチャーのマスクを拾う、あるいは、キャッチャーがバットを拾う。全国大会、それも決勝戦の舞台の、緊迫した場面でもその所作を怠らない両校の生徒に、野球以外の力を感じた。