REVERSE ANGLEBACK NUMBER
ノーヒッターを達成したリンスカムと、
“凡打”で盛り立てたチームメイト。
text by
阿部珠樹Tamaki Abe
photograph byGetty Images
posted2013/07/24 10:30
達成直後、チームメイトらに手荒い祝福を受けた。「言葉が出ない。7回を終了したころからノーヒットノーランを意識した。達成したのは学生時代を含めても初めてのこと。攻撃でも守備でもチームメートに助けてもらった」とリンスカムはコメントした。
サンフランシスコ・ジャイアンツのティム・リンスカムは身長約180cm、体重も77kgと、190cm、100kg超が珍しくないメジャーリーガーの中では際立って線が細く見える。顔は色白で、細面の美男子。以前、髪を長く伸ばしていたときは'60年代にサンフランシスコにあふれたフラワーチルドレンの女の子みたいだった。
見かけは優しい美青年だが、投げさせるとすごい。メジャー2年目の2008年に18勝してサイ・ヤング賞を獲ると、翌年も15勝して連続受賞した。
細い体を一塁側に倒し気味にして、鞭みたいにしならせながら投げ込むスピードボールは150kmを楽に越え、鋭い落ち方をするチェンジアップも大きな武器だ。
ところがそのリンスカムは2010年に16勝をあげたあと、毎年少しずつ成績を落としてきていた。去年はなんとか二桁勝利を挙げたものの、負けが5つも上回り、エースと呼ぶにはためらわれる結果に終わった。2010年につづいて出場したワールドシリーズでも思ったような活躍ができず、一部には限界説まで出る状態だった。
今年に入っても調子は上向かず、7月13日のサンディエゴ・パドレス戦の前までは4勝9敗と大きく負け越していた。
球速は落ち、制球も悪いのに安打だけは許さなかった。
だから、サンディエゴでリンスカムがマウンドに上がるのを見てもあまり大きな期待は抱かなかった。気にしていたのはレフトを守る田中賢介の様子で、慣れない外野で賢介がミスをしなければいいがなどと思いながらスコアをつけていた。
立ち上がりのリンスカムは特別な調子には見えなかった。安打は打たれなかったが、1回には四球、2回にも死球で走者を許し、捕手のバスター・ポージーがマウンドに行く場面もあった。
「今年はこんな感じなのかな」
球速はデビュー当初より数キロ落ちているし、フォームにもダイナミックな動きが欠けているように見える。ふたまわり目ぐらいにはつかまるか。
ところが4回、5回を過ぎても安打を許さない。6回には四球でふたり出したが、無失点に切り抜けた。このあたりから球場が微妙にざわつきはじめた。ノーヒットノーランを意識しはじめたのだ。リンスカムが7回を三者凡退で抑えると、期待ははっきり形をとりはじめた。