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<トライアスロン女王への挑戦> 上田藍 「金メダルまで39秒」
text by
赤坂英一Eiichi Akasaka
photograph byAFLO
posted2012/07/11 06:01
バイクで差を詰める秘訣は“ライバルとの対話力”。
この大会はプレ五輪と位置づけられ、本番とまったく同じハイドパークのコースで行なわれた。各国の代表選考レースにも指定され、上位3人の国に五輪の出場枠が与えられる。日本の場合、3位から30秒以内でゴールできればJTU(日本トライアスロン連合)から内定が出る。まさに五輪前哨戦だ。
「最初のスイムでトップ集団に入れるほどの泳力が私にはないので、その遅れをバイクで取り戻さなければならない。そこで、バイクで協力し合える選手が何人いるか、スイムが終わるまでにチェックしておくんです」
最高速度50~60kmにも達するバイクの空気抵抗を軽減し、体力を温存してトップ集団を追うには、ほかの選手と追走集団を形成し、先頭交代しながら走る必要がある。ローテーションをするのに使える選手を探し、自らも使えるとアピールしなければならない。冷静に展開を組み立てる思考力、ライバルと戦略上の協調関係を築ける社交性が求められる。それも、全速力でレースをしながら、だ。
「だから、レースの前にはほかの選手と積極的に会話をするように心がけています。外国のトップクラスの選手に覚えてもらえれば、それだけチャンスが増えますから」
もちろん、協力してくれるかと思ったら、いざというときに無視する選手もいる。駆け引きは戦う前から始まっているのだ。
そうやってバイクで差を詰め、最後のランで勝負をかける。それが上田のスタイルだ。しかし、プレ五輪大会では、そのランに移る直前、自転車を降りてシューズを履くトランジションで7秒遅れた。最後のランでは1周2.5kmの周回コースを4周する。その最初の1km、1位のラップ3分15秒を上回る3分07秒で、上田は果敢にスパートをかけた。
ロンドン五輪と全く同じコースの“プレ五輪”で一時は3位に。
155cm、44kgと日本人としても小柄な上田の身体が、体格ではるかに上回る外国人選手たちの間に分け入ってゆく。大柄な彼女たちの陰に上田が隠れ、沿道のファンの視界から消えたそのとき、上田の視界にははっきりと金色に輝くメダルが見えていた。
結果は2時間1分13秒で11位。1位で五輪切符をつかんだヘレン・ジェンキンス(イギリス)との差が、「金メダルまでの39秒」だった。3位アーニャ・ディトマー(ドイツ)とは24秒差。JTUの規定もクリアし、日本では最も早くロンドンの代表選手となった。
このレースの収穫は大きかったと、上田のコーチ、山根英紀が言葉に力を込める。
「ロンドン五輪と完璧に同じコースで、上田はほんの一瞬でも3位を走ってるんですよ。トップから3番目を。最後のラン勝負の1.5kmから3km過ぎぐらいまで、時間にすれば非常に短い間ではありましたけどね」