濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER
“格闘ネイティブ”たちがこじあけた、
日本格闘技界における新時代への扉。
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byTakao Masaki
posted2012/01/15 08:01
Krush55kg級王者の瀧谷渉太(写真右)はKrush.15、後楽園ホール大会で、元全日本キックバンタム級王座にして、ベテランの寺戸伸近と対戦。世界レベルの寺戸に対し、1R1分11秒KOという見事な勝利で初防衛に成功した
Krush60kg王者の卜部は引き分けでも“エース宣言”。
続く1月9日、立ち技イベントKrushでは、1989年生まれの二人のチャンピオンが防衛戦を行なっている。
60kg王者の卜部は、Krushの前身である全日本キック時代からのスター選手である石川直生を相手にドロー防衛。後半は石川のパンチで出血するなど劣勢に追い込まれたが、1ラウンドにダウンを奪ったポイントを守りきった。
ベルトを再び腰に巻いた卜部は、マイクを握ると「これからは僕がKrushのエースです」と宣言した。引き分けでの“エース宣言”には疑問の声もあるが、彼にとって石川はそれだけ大きな存在だったということだろう。
ADVERTISEMENT
最終試合では、55kg王者の瀧谷渉太が1ラウンドでKO勝利を収めている。相手は3年前に敗れた寺戸伸近。過去に日本三冠を達成し、現在は世界王座を保持する、この階級の第一人者だ。初防衛戦だけに緊張が隠せない瀧谷だったが、パンチで瞬く間にダウンを量産。KOタイムはわずか1分11秒だった。
勝因は、パンチの精度と勇気だろう。
軽量級最高のハードパンチャーが仕掛けてきた打ち合いに、瀧谷は真っ向から応じたのだ。試合後の瀧谷は「僕のパンチがたまたま先に当たっただけ。運がよかったです」と謙遜したが、その“運”はパンチ勝負を恐れなかったからこそ呼び込むことができたのではないか。この世代には、ジュニア時代から磨き抜かれた勝負勘という大きな武器がある。
3人の若手が経験した、プロ格闘家としてのあり方。
KO勝ち、ドロー、判定負け。三者三様の結果だった格闘ネイティブ世代だが、今回の試合で共通の経験をしたことになる。
上田、石川、寺戸はファイターとしての歴史をファンと長いあいだ共有しているだけに、声援も大きかった。そんな選手と対戦することは、堀口や卜部、瀧谷にとって通過儀礼ではなかったか。一時代を築いた選手と闘い、観客の熱狂の渦に身を置くことで、彼らは“リング上で実力を発揮する”という以上の経験をしたはずだ。
試合前、石川は「僕は卜部選手にはないものを持っている。それはお客さんが見たがっているもの、勝ち負けを超えたものです」と語っている。一方、卜部は一夜明け会見で「(石川への声援で)向こうがやってきたこと、キャリアを感じました。これからは自分がそうならなきゃいけない」という言葉を残した。
幼い頃から身につけてきた技術や勝ち負けに対する鋭い嗅覚だけではない、道場やアマチュアの試合では感じることのできない“プロとしてのあり方”を格闘ネイティブたちは身体で味わった。
そのことで、彼らは新しい時代を切り拓くための通行証を手に入れたのだ。