オリンピックへの道BACK NUMBER
山本美憂、聖子姉妹が再び五輪挑戦。
女子レスリングの熱い闘いが始まる。
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byAFLO
posted2011/12/21 10:30
2011年10月の全日本女子オープン選手権で優勝した山本美憂(左から2人目)を祝福する弟の山本“KID”徳郁(左)、妹の聖子(右から2人目)、父の郁栄氏(右)。美憂は2011年、7年ぶりに現役復帰を果たした
12月21日から23日まで、レスリングの全日本選手権が、東京の代々木第2体育館で行なわれる。
9月の世界選手権で金メダルを獲得した女子48kg級の小原日登美、55kg級の吉田沙保里、63kg級の伊調馨、男子では銅メダルの60kg級、湯元健一と、銀メダルの66kg級、米満達弘が、この大会で優勝すれば、ロンドン五輪代表に内定する。他の階級も含めて、代表選考のかかる重要な大会である。
この大会に、初の五輪代表を目指して、2人のベテラン選手がエントリーしている。37歳の山本美憂と、31歳の山本聖子の姉妹だ。美憂は48kg級、聖子は63kg級での出場である。
美憂は、1991年の世界選手権に17歳で出場し優勝を遂げるなど、世界選手権を3度制覇したのをはじめ、第一人者として、女子レスリングに注目を集める原動力となった選手だ。
妹の聖子もまた、世界選手権を4度優勝するなど、華々しい成績を残している。
妹の聖子は北京五輪に刺激を受けて現役復帰を決意。
日本代表として活躍してきた2人だが、これまでオリンピックに出場したことがない。
美憂は、引退、現役復帰、引退を繰り返したあと、アテネ五輪でレスリング女子が採用されることが決まり、再び現役に復帰した。だが、アテネ、北京五輪で銀メダルを獲得することになる伊調千春の前に敗れ、2004年に引退していた。
一方、55kg級の聖子の前には、吉田という強敵が立ちふさがった。吉田と競り合いつつも、最後は代表争いに敗れ、2006年に引退となった。
だが2人は、再び現役へと戻ってきた。
聖子は引退後、ハンドボールの永島英明との結婚、出産を経て、2009年1月に現役復帰した。
きっかけとなったのは、北京五輪だった。
「戦士としてこの場に立ちたいと思いました」
聖子は現地で大会を観戦した。そしてオリンピックならではの活気を体感したことが、刺激となったのだ。
2009年12月、早くも全日本選手権に63kg級に階級をあげて出場。伊調馨に敗れたものの準決勝進出を果たした。その後、ロンドンを目指し活動を続けてきた。