今週のベッカムBACK NUMBER
ベッカムがもっと光り輝くために。-特別編-
text by
木村浩嗣Hirotsugu Kimura
photograph byGetty Images/AFLO
posted2004/09/30 00:00
もう勘弁してやれ、と思う。
ベッカムはボランチには向いていないのだ。私は、昨シーズンずっとNumber Webでの連載『今週のベッカム』でこう主張してきた。
私だけではない。辞任したばかりのカマーチョだって、「ベッカムに速いワンタッチプレーを要求するのは、夜に昼だと叫ぶようなものだ」と、ボランチ・ベッカムを正気の沙汰ではないと捉えていたフシがある。
ベッカムは遅い。
足も速くはないが、ここでいう“遅さ”とはメンタル面の速度、「状況判断から決断までのスピード」を指す。フォワードやディフェンダーに比べプレッシャーが格段に厳しく、時間がない中盤の底では、彼の遅さは致命的だ。
ベッカムがパスを受けた場合、考慮しなければならない材料は大きく分けて次の3つ。1.味方と敵の選手の配置 2.各々の状況(肉体の疲労度やパスを受ける態勢かどうかなど) 3.試合の展開(速攻でいくか、時間を稼ぐかなど)。これらを総合的に判断し、最適のプレーを選択できる選手をいわゆる“サッカーセンスのある選手”“頭の良い選手”と呼ぶ。判断と決断を瞬時に行うワンタッチプレーは、頭の切れ味の鋭さの象徴であり、ベッカムは残念ながらこの点、もの足りない。
といっても、「頭の良い選手=テクニシャン」では必ずしもない。
選択されるプレーは、イージーなバックパスや最も近い味方に出すショートパスで構わない。インターセプトされると致命的なカウンターを食う中盤の底では、あくまで安全第一のプレーを心がけるべきである。天才的なスルーパスも、変幻自在のドリブルよりもいらない。ボランチに求められるのは、プレーの確実さであり、その実行の速さなのだ。
その最も端的な例が、フロレンティーノ会長の痛恨のミスで放出してしまったマケレレ(チェルシー)だ。彼はパスが苦手で、「10メートル以上のパスは出せない」などと、レアル・マドリー・ファンの間でさえしばしば嘲りの対象となっていた。だが、10メートルが出せないのなら5メートルだって構わないのだ。
抜群の状況判断力と、力を惜しまない犠牲的精神でレアル・マドリーの守りを支えていたのは、タレントでも華やかさでもベッカムに遠く及ばないマケレレだったのだ。
今のベッカムを見ていると、“迷い”がよくわかる。
「どこにパスを出そうかなー」という心の声が聞こえてきそうだ。で、とりあえずボールをキープしようとするがうまく行かず、インターセプトの標的になっている。
時間を稼ぐ(いわゆる“タメを作る”)ためのテクニックは、大きく分けて2つある。
1.トラップ&フェイント:パスを受ける瞬間に、体の向きを変えながらつま先、アウトサイド、ヒールなどを使いボールを動かす。マーカーの意表を突いた場所にボールを出して、顔を上げて周りを見回す余裕を作る。
2.ボールを“隠す”:受けたボールを体(背中、腰、両足、両腕)を使って、相手から遠ざけて守る。こうしてキープしている間に、周りを見てパスを出す。
いずれも、厳しいプレッシャーをかわすために守備的ミッドフィルダーには欠かせないテクニックである。どんなに頭の切れるプレーヤーでも、瞬時に判断のできない場面――たとえば味方の動き出しが悪くパスコースがない――は出てくる。そんなときに判断を保留にし、こうしたテクニックでワンクッション置けることが大変重要だ。
だが、ここでもベッカムは、タメを作る前に足元に飛び込まれ、ボールを失うケースが多い。ワンタッチパスがないために、相手マーカーがトラップの瞬間に躊躇することなく足を入れてくるからだ。
そんなプレーの迷いが、ベッカムから覇気を奪っている。昨季のような闘争心や執着心が感じられないのだ。
ベッカムはラウールと並ぶファイティング・スピリットの持ち主だと私は思う。スペインリーグにデビューした昨季、スペインのサッカーファンに認められたのは、その華麗なフリーキックではなく、チームへの犠牲的な献身ぶりだった。ボールをしつこく追い、スライディングタックルをかけ、戦略的ファール(プレーを反則で止め、ピンチの芽を摘む)もする。彼のユニフォームはハーフタイムにもなれば、泥や芝生の緑でシミだらけだったものだ。
が、そんな強い精神力と、90分間で13kmを走るというチーム1の脚力にも陰りが見られる。
今季のベッカムは、相手のカウンターの起点になる選手への寄せが遅く、攻め上がったサイドバックの穴を埋めるカバーリングはおざなりで、ペナルティーエリア周辺のマンツーマンのマークでは執拗さに欠ける。ボールカットに飛び出すのでも、体をぶつけに行くのでもなく、消極的にズルズルとラインを下げるだけのシーンが目につく。こうした守備への無関心はレアル・マドリー全体に蔓延する病気だが、ベッカムの場合はとりわけ深刻だ。
そもそもベッカムは守備が苦手である。
たとえば、彼はしばしばボールに足を入れに行き、空振りし、あっさり抜かれる。これは体の入れ方が悪いからだ。長い足が災いするのか腰高で、相手に正対(自分の体を相手の正面に向ける)して、足先だけでボールを奪おうとする癖がある。いわゆる両足がそろった態勢だから、簡単にドリブルにかわされるのだ。
それでも昨季のベッカムはへこたれなかった。
タックルをかわされてもすぐ反転、倒されてもすぐ起き上がり、忠実に味方のカバーに向かう。走り回って相手にプレッシャーをかけ、ミスを誘って自らパスをカットするか、あるいは味方のインターセプトを容易にする――こうしてベッカムは守備者としての役割を果たしていたのだが、そんな躍動感は今はもう昔だ。
ベッカムの調子は決して悪くないのだ。
フリーキックだってすでに2本を決め、得点王としてチームの3勝のうち2勝に貢献している。それでもエスパニョール戦では後半55分からの出場、アスレティック・ビルバオ戦では後半60分でベンチに下げられた。ボランチとしてのベッカムは穴が多過ぎるし、オーウェンとモリエンテスの加入により前線で起用される可能性も減った。
もう勘弁してやれ、と思う。
レアル・マドリー危機の最大の原因は、下がり切ったモラルであると私は思う。
そしてそのモラルの低下の裏には、“銀河系の戦士”だけを優遇する病んだマネージメントがあり、その結果として、ベッカムをボランチに起用せざるを得ないイビツな選手構成が生まれた。
ボランチ・ベッカムは、そもそもスーパースターをそろい踏みさせるための、商業的要請を受けた発明だった。フロントの期待どおり、ベッカムは大量のシャツを売りまくり、アジアでのレアル・マドリーの地位を不動にした。
もう勘弁してやれ、と思う。十分、モトはとったはずだ。
ベッカムをボランチから解放し、マンチェスター・ユナイテッド、イギリス代表でプレーしてきた右サイドに戻そう。彼の様々な欠点が問題にならないポジションで、彼の豊かなタレントを再び輝かせようではないか。
考えるスピードが遅く守備が苦手なら、プレッシャーの厳しい中盤の底に置くことはない。ゆっくり顔を上げて周囲を見回させる場所で、30メートルを超える素晴らしいピンポイントパスを出してもらおう。
ベッカムは止まったボールを蹴らせれば間違いなく世界一だ。
「1→2→3(いーち、にー、さーん)」のリズムで、1:ボールを受け、2:顔を上げ、3:パスを出す、というアクションに時間的・心理的余裕があるほど、彼のキックの精度は上がる。鋭いスルーパスも、大きなサイドチェンジも、曲がりながら落ちるセンタリングも、枠にぎりぎりに飛び込むミドルシュートも、急がせては出ない。それはベッカムの考えるスピードが遅いからだが、だからといって華麗なキックの価値が下がる訳ではない。
サッカー選手は万能でなくても良い。
各ポジションにはそれぞれの役割があり、それを満たせばいい。今だってフィーゴやジダンを守備から解放し、ロナウドには走ることすら要求していないではないか。
ボランチ・ベッカムは、レアル・マドリーを殺し、ベッカムを殺しかねない。
足も速くはないが、ここでいう“遅さ”とはメンタル面の速度、「状況判断から決断までのスピード」を指す。フォワードやディフェンダーに比べプレッシャーが格段に厳しく、時間がない中盤の底では、彼の遅さは致命的だ。
ベッカムがパスを受けた場合、考慮しなければならない材料は大きく分けて次の3つ。1.味方と敵の選手の配置 2.各々の状況(肉体の疲労度やパスを受ける態勢かどうかなど) 3.試合の展開(速攻でいくか、時間を稼ぐかなど)。これらを総合的に判断し、最適のプレーを選択できる選手をいわゆる“サッカーセンスのある選手”“頭の良い選手”と呼ぶ。判断と決断を瞬時に行うワンタッチプレーは、頭の切れ味の鋭さの象徴であり、ベッカムは残念ながらこの点、もの足りない。