スポーツ・インサイドアウトBACK NUMBER
松井秀喜とアトリー。
ベーブ・ルースと肩を並べる好記録。
text by
芝山幹郎Mikio Shibayama
photograph byGetty Images
posted2009/11/11 10:30
渡米7年目で、もちろん日本人初の栄誉を獲得
第5戦まではチェイス・アトリーだと思い込んでいた。ヤンキースが勝とうがフィリーズが勝とうが、MVPに最もふさわしいのは、5戦で5本の本塁打(レジー・ジャクソンと並んで史上最多)を放ったフィリーズの二塁手にほかならない、と私は思っていたのだ。
1試合6打点を放った松井のMVPは文句なし。
え、負けたチームから? と思われる方もいるだろうが、すでに前例がある。1960年のワールドシリーズでMVPに選ばれたのは、敗軍ヤンキースのボビー・リチャードソン二塁手だった。ご承知のとおり、この年のヤンキースは第7戦の9回裏、ビル・マゼロスキーの劇的サヨナラ本塁打でパイレーツに苦杯を喫するのだが、リチャードソンは第3戦で1試合6打点のシリーズ新記録を樹立したのが高く評価されたのだった。
だとすれば、シリーズ第6戦でリチャードソンの記録に並んだ松井秀喜が、アトリーを一気にかわしてMVPを受賞したのもむべなるかな、である。前日まで私の本命だったアトリーが3打数無安打2三振と精彩を欠いたのに対し、松井は、本塁打、シングル、二塁打をつるべ打ちしてシリーズの打率を6割1分5厘(13打数8安打)にまで高めたのだ。アトリーのほうは、結局21打数6安打の2割8分6厘。5本塁打、8打点という数字は松井をしのぐほどだが、勝利への貢献度や打率を見ると、松井の優位は否みがたい。
6割1分5厘のシリーズ打率はMLB史上3位の成績。
シリーズの歴史を振り返ってみても、松井の打率は史上3位に相当する。1位がビリー・ハッチャー(レッズ)の7割5分(1990年)、2位がベーブ・ルース(ヤンキース)の6割2分5厘(1928年)。上には上がいるものだが、松井の8打点は、ミスター・オクトーバーと呼ばれたレジー・ジャクソン(77年と78年)と肩を並べる堂々たる数字なのだ。
いいかえれば、松井は今季のワールドシリーズで、持ち前の勝負強さを存分に発揮した。第2戦でも松井に本塁打を許したペドロ・マルティネスの年齢的な衰えを指摘する声は当然あがるだろうが、それを差し引いても松井の忍耐力と破壊力は、「男の集団」ヤンキースを象徴するものだったといってよいだろう。