スポーツの正しい見方BACK NUMBER
メジャーの薬物汚染が
伝記作家を殺す。
text by
海老沢泰久Yasuhisa Ebisawa
photograph byGetty Images
posted2009/05/26 06:00
ベーブ・ルースの素行の悪さも、笑い飛ばされた時代。
たとえば、ベーブ・ルースが活躍したのはアメリカの禁酒法時代の1920年代だが、ルースは酒と女が大好きで遠征先のホテルになどいたことがなかった。しかしつぎのように書かれると、それも笑い話になる。(ロバート・クリーマー『英雄ベーブ・ルースの内幕』)
ある記者がルームメイトの選手にルースについて何か話してほしいといったときのことだ。
「私は彼については何も知りませんよ」
「だって君はルースと同室なんだろう。二人でいる時は、彼は何をしているんだい?」
「同室とおっしゃるが、私は彼のスーツケースと同室しているだけなんですよ」
メジャーの英雄や伝説が消える時が来た。
また、ゲイロード・ペリーのように、ボールにツバやワセリンをつけて投げるという違法投球をしながら、314勝もしたピッチャーもいる。相手チームはそれを分かっていながら、ペリーが45歳で引退するまで証拠をつかめなかった。
のちにそのことについてペリーはいった。
「ワセリン会社の社長にコマーシャルに使ってくれないかと頼んだことがある。いつもその会社の製品を愛用していたからだ。ところが社長は、おれがワセリンを何に使っているかを知って驚いた。ワセリンはピッチングに使うものではない、といってことわられた」
これも笑える話だろう。
しかし、現代の英雄たちが高校生のころから薬物に手を染め、つぎにはその痕跡を消すために別の薬物を注入するようなところを笑える話として書けるとは思えない。ということは、将来、英雄や伝説は存在しなくなるということでもある。英雄も伝説もなくなって、はたして何が残されるのであろう。