イチロー メジャー戦記2001BACK NUMBER
Fans, behind Ichiro.
ファンはイチローの味方である。
text by
木本大志Taishi Kimoto
photograph byNaoya Sanuki
posted2001/05/23 00:00
その瞬間、スタンドは凍りついた。そして一瞬の静寂のあと、
“Boooooooooooooooooooooooooooooo!”
大ブーイング。
隣で見ていたシアトル・タイムズのスポーツ・コラムニスト、スティーブ・ケリーは「アレックス(・ロドリゲス)がいるのか?」とおどけて見せたが、それに何か言葉を返す余裕はなかった。返した笑みが引きつった。
5月19日の対ヤンキース戦、3打席ノーヒットで迎えた8回裏、イチローはシアトル・マリナーズの連続試合安打記録、「24」に並ぶべく、最後の打席に立った。しかし初球だった。マウンド上のオーランド“エル・ドゥーケ”ヘルナンデスの投じた球がイチローの背中を直撃したのは。結果的にこの試合、9回に佐々木が打たれ延長に入り、イチローにはもう一度打席が回ってきたのだが、あの8回裏の段階ではマリナーズが1点をリードしており、イチロー、“最後の挑戦”と誰もが思っていた。
“Booooooooooooo!”
ファンはそのことをよく分かっていたのである。ファンはイチローの記録挑戦に興味を持ち、最後の望みに期待をかけていた。だからこそエル・ドューケへのあの大ブーイング。
試合後、ローカル記者らがイチローを囲んだ。そのやり取りはスティーブ・ケリーの言葉を借りる。
「デッドボールに関しては、『その質問はしないでください』だった。しかしある記者が『ファンの期待は感じたか』と返すと、イチローは一瞬、言葉に詰まった。ファンの存在を強烈に意識して、言葉が出てこなかったのかな」。
本人がコメントを避けたので、以下憶測にしか過ぎないが、イチロー本人もあのデッドボールはかなり無念だったのではないか。動揺していたのではないか。ブーイングの意味がわからないイチローではない。ファンの期待も十分理解していたであろう。当てられた瞬間、一瞬天を仰いだように見えたのは、その気持ちの無意識の表れではないか。
その後、1アウトで2塁にイチローという場面になったが、エドガー・マルチネスのレフトライナーに飛び出してしまい、イチローはアウトになった。ルー・ピネラは「ヒットと思ったのだろう」と試合後に話したが、らしくないといえばらしくないベース・ランニング。デッドボールの動揺とは結び付けられないだろうか。
延長10回表、ヤンキースが1点を勝ち越し、その裏、1アウトでイチローに本当に最後の打席がめぐってきた。しかしショートゴロに倒れ、記録更新はならなかった。イチローがベンチに向かうその足取りに合わせるかのように、多くのファンは席を立ち、スタジアムを後にした。