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土井正博 「教えられなかった死球の避け方」 

text by

永谷脩

永谷脩Osamu Nagatani

PROFILE

photograph byShigeki Yamamoto

posted2009/01/16 00:00

土井正博 「教えられなかった死球の避け方」<Number Web> photograph by Shigeki Yamamoto

 清原が23年間の現役を退く決意をし引退試合が決まった、ある日のこと。土井の下に一通の手紙が届いた。そこには引退式に土井を招待したいという旨と、お世話になったお礼が丁寧に書かれていたという。

 「引退式に招待され、ケージの裏でふたりきりで話をしたんです。膝の手術のあとを見せてもらいました。その時、アイツは言うたんです。『ようやく、土井さんの言われていたことが分かりました。中島や中村たち西武の選手を見ていると、土井さんが自分に言ってくれていたことが、いま全部実行されてますよね』って。口下手なんだけれど、嬉しいことを言ってくれました。彼は本当に周りをよく見てるんだな、と思いました。いつか彼が指導者になった時、若手にそうやって指導してくれればいいなって思ってますよ」

 今でも土井は“清原が一番輝いていたのは1年目。苦しんだ分だけ、結果が出た”と言う。高卒ルーキー新記録となる31本の本塁打のことである。

 「プロに入ってきた当時、誰も真似のできないような大きな本塁打をどんどんスタンドに放り込んでいてね。ライト方向にまで大きいのを運べる打者だった。今でこそ苦手と言われているインサイドの球も、体の素早い回転で苦もなく運んでいた。ルーキーで3割、30本打って、末恐ろしい子だなってね。現実に考えたのは、落合じゃなくて王さんの記録を抜くのは彼しかいないということです」

 最後に、清原の後を継ぐ選手がこれから出るだろうか、と質問してみた。

 「もう当分出ないだろうな」

 そう言って、土井は唇を強く噛んだ。

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