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<箱根駅伝2010を読む> エースの背中が見せるもの。
text by
小堀隆司Takashi Kohori
photograph byAsami Enomoto
posted2010/01/01 08:00
大手町で監督を胴上げするために柏原は全力で走る。
新たに監督に就任した酒井俊幸は、「2区か5区での起用」を示唆しているが、あれだけの記録を作った後、はたして同じ5区を高いモチベーションで走れるだろうか。
「昨年の彼と違うのは、チームのエースという自覚が出てきたところ。練習中も上級生に気合いを入れるようなことを言ってますし、その自負を持っている。心配ないでしょう」
連覇を狙うチームだが、優勝してなお、メンバーは大手町に忘れ物をしてきている。直前に部の不祥事が発覚し、監督不在で臨んだ特別な大会……。たとえ優勝しても、胴上げは自粛せざるを得なかったのだ。
歓声に沸くゴール付近で仲間と手を取り抱き合う。続けて、監督の胴上げ。それは、柏原が夢にまで見る憧れのシーンだ。
「だから今回はまた違った意味で優勝を目指せると思います。監督を胴上げしたいし、できるなら胴上げされたい(笑)。胴上げされるような走りをすることが目標です」
層の厚さは折り紙付き。優勝経験者も多く残り、エースの神がかり的な走りが再現されれば、連覇の夢は正夢となる。
スター不在のチームでエースに求められるもの。
2年連続の総合2位。かつてのスター選手、渡辺康幸を監督に招いて以来、早稲田大学は再び上り調子にあるが、古豪復活まであと一歩のところで足踏みが続く。
前回は、41秒差で東洋に次ぐ2位。学生ながら北京オリンピックにも出場した、竹澤健介という大エースを擁しての結果だけに、渡辺のショックも大きかった。
「山の5区で3分という計算をしていたけど、実際には5分の差をつけられた。あそこで流れが変わってしまいました」
さらなる誤算は、層の厚さで乗りきるはずの復路で逆に差を広げられたことだろう。悔しい敗戦を糧に学んだのは、オーダーを組む際に必要な非情さであるという。
「区間3位を狙える選手は使いたいけど、それよりは確実に区間7位に入ってくれる選手を選ばないといけない。ほんの小さな失敗すら許されないのが今の駅伝ですから」
学年に関係なく、2年生をエースに指名したところに、新しいチームのコンセプトがかいま見える。
矢澤曜、19歳。
前回の箱根で1区区間賞を取ったルーキーは、2年目の今年、抜群の安定感を誇っている。出雲では1区4位、全日本では同区3位と、留学生と東洋の柏原を除いて先着を許さなかった。
いわゆる4番打者ではないが、打率が高くて、打点を稼げる――そんな監督の評価を、本人も長所と受け止めているようだ。
「僕は自分をエースだとはぜんぜん思ってませんし、そもそも勝負を決めに行くようなタイプではありません。堅実な走りをして、チームを陰で支える。どのレースでも結果を残す、気持ちの強い選手になりたいんです」
チームの戦術に応じて、エースに求められる役割も自ずと変わってくる。竹澤健介が卒業し、スター選手が不在のいま、新たなエースに求められるのは確実性だ。「全員駅伝」を今季のテーマに掲げる早稲田にあって、矢澤の安定感はむしろ個性として際立つ。
「たとえ区間1位じゃなくても、後続との差を3分広げた2番だったらそっちの方がうれしい。あくまでチームの優勝が目標なので、チームへの貢献を一番に考えたいです」
優等生的発言にも嫌みがない。自他ともに認める練習のムシ。入学時からその才能が注目された2年生カルテットのなかで「僕は注目の3人プラスアルファの存在」と笑い飛ばせる屈託のなさがその理由だろう。
17年ぶりのタイトル奪還には、選手個々の献身的な走りが欠かせない。1区の矢澤で流れを掴み、鬼門の5区を「4分ひっくり返されるのは覚悟のうち」(渡辺監督)という鷹揚さで乗り切れば、勝機が見えてくる。
かつて全員駅伝といえば、それは駒澤の代名詞だった。たとえスター選手はいなくとも、層の厚さで10区間を堅実につなぎきる。
ここ10年間で総合優勝6度の実績は、なにより戦術の正しさを証明している。
しかしいま、大八木弘明監督の表情がさえない。13位に沈んだ箱根に続き、出雲10位、全日本7位と結果を残せていないからだ。
「今年の方が若干層は厚くなったけど、まだまだ中堅どころに自覚が足りない。強かったころのチームは全員が自信と自覚を持ってました。だからこそ、10区間を通して波が少なかったんです」
ブレーキ区間を作らないことは、箱根を勝つための鉄則だ。前回の箱根で4位の大東文化大学と13位駒澤との差がわずか2分32秒しかなかったように、1人の不振がチームの致命傷になりかねない。
「今年は4年生が強いからまだなんとかなってます。でも、今回勝てないとしたら、来年辺りは育成期間と割り切ってやっていくしかない。ガマンの年になるかもしれません」
後退か、踏みとどまるか――。
チームの浮沈を左右しそうなのが、4年生エース宇賀地強の走りだ。
襷をふんだくると、あとはひたすら前だけを見て走る。並んだら抜く。並ばれたら引き離す。その走りはダイレクトに仲間のハートを鼓舞する。だからこそ、流れを呼び込む。
性格は、自他ともに認める負けず嫌い。
「ライバルについてはあまり考えないようにしています。意識すると周りが見えなくなるくらい止まらなくなっちゃうので」
そうは言いながら、本音をポロリと漏らす。じつは競いたい相手がいるのだ、と。
「走っていて楽しいのは柏原くんですね。相手との勝ち負けよりも自分に挑戦しているというのがすごく伝わってきて、あいつとは駆け引きなく勝負を楽しめるんです」
箱根では1年生の時から2区を走ってきた。いわゆる花の2区。エース区間だが、最近は2区と3区をセットで考える向きもある。3区や5区に主力が分散する傾向について、宇賀地の意見は明快にして力強い。
「エース区間はやっぱり2区だと思うんですよ。あそこでしか味わえない緊張感があるし、コースの最後にきつい上り坂があって、心の底から走ったと思える区間なんで。もう、エースは全員ここに来いって言いたいです」
4年生には後がない。泣いても笑っても、これが最後の箱根路だ。いま、宇賀地を奮い立たせるのは、藤色の襷を身にまとうエースとしてのプライドだろう。
「僕らの代が抜けてしまうと、優勝を肌で知っているメンバーがいなくなるんです。先輩方が築いてくれた伝統が、僕らの代で途絶えてしまう。シード権を失って、このままじゃ終われない。最後に、最後だから、駒大はやっぱり強いと思わせたいんですね」
エースがエースの走りを見せ、中堅層が粘り強く襷をつないでいければ、今回も駒澤が優勝戦線に絡んでくることは間違いない。
第1回大会から名を連ねる古豪中の古豪。前回8位に入り、じつに43年ぶりのシード権を獲得した明治大学の前評判も高い。
2区か、それとも5区か。各校の監督がエースの配置に頭を悩ませるなか、明治の西弘美監督にはその悩みが少ない。
石川卓哉と松本昴大。他校がうらやむエースカード2枚を持つことが明治の強みだ。
出雲と全日本で主要区間を担った石川は、いずれも日本人選手トップの順位で襷をつなぎ、チームの全日本3位躍進を支えた。
体調不良で両駅伝を欠場した松本も、現在は順調な回復ぶりを見せている。もともと山登りを得意にしているだけに、万全の状態で5区を走れば他校の脅威となるだろう。
石川と松本は同学年。ともに前回の箱根では好走したが、前々回も関東学連選抜チームの一員として走っている石川には、襷の重みがより感じられるレースだった。
「学連選抜の襷は校名が入っていない白の襷なんですけど、やはり紫紺の襷でなければ踏ん張りが効かないというか……。前回は明治で出られた分、苦しくても最後に粘れたんです。長距離は特に気持ちで走る面が大きいので、大学で出ないと喜べないとわかったのは自分にとって収穫でした」
石川は入部当初、レベルの高い練習についていけなかった。スーパールーキーの松本と自身を比較し、才能を嘆いたこともある。
それがいまや、トラックでもタイムで松本と肩を並べるまでに成長した。入学時に5000mで40秒ほどあったタイム差は現在、ほとんどない。それこそ愚直なまでの努力でその差を埋めてきたのだ。
「みんなが60分走りに行くところを、90分行ったり。夏だからとペースを落とすのではなく、逆に設定タイムを上げたり。地道にやればここまで差を縮めることができるとわかったのは、自信になりました。これは後輩にも伝えていこうと思ってます」
努力する先輩の背中を後輩が見つめる。その後輩が、強くなるための練習をまねて気風が作られていく。ひいてはそれが伝統となり、復活の礎になる。箱根とは、青春の襷をつなぐ、魂の継走でもあるのだろう。
プライドを賭けたエースの対決と、信念を賭けた監督のバトルに決着がつくのは年明けまもなく。217kmあまりを走り継いでなお、各校のアンカーが団子状態でゴールになだれ込む――そんな混戦を期待したい。
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