Sports Graphic Number MoreBACK NUMBER
山本“KID” 徳郁 最近、KIDが涙もろい理由。
text by
ビーチBEACH
posted2005/03/03 00:00
嫌だ、こんな男に睨まれたら。きっと誰もが目をそらす。ある日、突然、「ちょっと、試合でもしない?」なんて誘われても丁重にお断りしたい。あの宿敵・魔裟斗クンだって少しは躊躇したはずだ。
“野獣のような男”という表現があるが、この男は違う!― なぜなら、彼は野獣ソノモノですから……とここで書くつもりだった。が、抱いていた彼に対するイメージは見事に崩れてしまった。取材当日、“野獣”は待ち合わせをした休日の渋谷・センター街の入り口で、ニコニコしながら待っていたのである。
「ういっす! 寒いっすねえ~東京。ハワイから帰ってきたばっかりなんですよ。だからほんと寒いっすよ」
“ちびっこ”――中学時代に先輩につけられたあだ名をそのままミドルネームに持つ男の第一声は、時候の挨拶だった。
'04年大晦日、大阪ドームでの試合がまだ記憶に新しい。直後、年が明けてすぐ彼は夫人の出産のためにハワイへ飛んでいた。
「ハワイ時間で1月16日、朝5時46分。母子ともに(親指立てて、ニヤリ)。3084グラム。名前は愛郁(あいく)。まだフニャフニャしてて。でも超かわいくて、かわいすぎてヤバイ。もう、ずうっと抱いて眺めてる。そうするとちょっと目頭が熱くなってくる。親父に電話で『生まれたよ』って報告したら『俺の気持ちがわかったか?』っていわれて、初めて『ありがとう』って親に感謝した。今はお姉ちゃんも面倒みてくれてて。ありがたいっすよ、女は。男じゃどうにもならない」
大晦日以後、「あの試合」のことを話すのは初めてという彼にあらためて聞く。
「あの試合は楽しかった。拳を交えたことでお互いを深くわかりあえた。でも俺の力は全部出し切ることができなかったから、もっともっとやりたかったけど、負けちゃって……。悔し涙が出た。くぅ~!(泣きまね)」
この男、意外に涙腺が弱い。
無事、パパにはなったが、K-1のリングでは初めて敗者になったままである。
「負けは負け。今の俺は経験不足だとわかったから、今年はたくさん試合をしたい。年内にはきっちりリベンジしたい。ベイビーが生まれて守るものがひとつ増えたし、俺はまだまだ強くなれる。かならず、もっと」
彼の父、姉、妹、すべて格闘家。ベイビーが自分と同じ道を歩みたいといったらどうするかと尋ねると「まだちっちゃくて考えられない」と再びニッコリとパパの顔をした。
「俺、ベイビー誕生に立ち会ったんですよ。かみさんの痛みを少しでも感じようとしてね。ヤバイ。あれは感動した。女には勝てない。言葉では表現できない。すごすぎる」
リング上では相手に睨みをきかせて獣のような戦いをみせるKIDだが、今のところは「女」にちょっとお手上げなのである。