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キケ・フローレス 「戦術を語るには2日かかる」
text by
木崎伸也Shinya Kizaki
posted2007/05/17 23:35
バレンシアの監督、キケ・サンチェス・フローレスは、正真正銘のお坊ちゃんである。父のイシドロ・サンチェスはレアル・マドリーで伝説的FWディステファノとともにプレーしたサッカー選手で、叔母のローラ・フローレスはスペインを代表するカルメン歌手だった。ついでに言うなら、ローラの子供たち、すなわちキケのいとこたちもカルメン歌手であり、キケの洗礼式の後見人(ゴッドファーザー)になったのはディステファノだった。キケはド派手なスポーツ&芸能一家のもとで育ったのである。
だから金の使い方の発想が、ちょっと普通の人とは違っているのかもしれない。
昨年夏、バレンシアのクラブハウスの一室で工事が始まった。キケ監督の命令で、まるで小さな映画館のような、サッカーチームには似つかわしくない豪華な視聴覚室を作ることになったからだ。
天井にはプロジェクターがあり、前面には巨大なスクリーンがある。座席は映画館で使われているのと同じものが33席。階段状になっているので、少々デカイやつが前に座っても支障はない。
キケはこのビデオルームに選手を閉じ込め、ポジショニングや戦術を叩き込んだ。守備のときにどうプレスをかけるべきか、どの位置に立っているべきか。試合でのミスは、何度もテープを巻き戻して、選手たちの脳に刷り込んだ。
若手DFラウール・アルビオルは、こっぴどく搾られたひとりである。
「自分たちの悪いところをしつこく見せられたときがあってね。勘弁してくれって思ったよ(笑)。分析は大事だとわかっているんだけど、本当に辛かった!」
ただ、この“上映会”があったからこそ、バレンシアはスペインリーグでトップクラスのコレクティブなチームになることができた。
バレンシアの練習場の近くに、シネ・ポリスという映画館がある。だから、このビデオルームはいつしかこう呼ばれるようになった。
キケ・ポリスと。
昨季はUEFAカップにも出場できず、ヨーロッパの舞台ではその他大勢のひとりにもなれなかったバレンシアが、今季はチャンピオンズリーグにおいてダークホースとして大会を盛り上げた。ローマを抑えてD組を首位で通過すると、決勝トーナメント1回戦ではセリエA王者のインテルを蹴散らした。準々決勝ではチェルシーと対戦し、第2レグの90分にエシアンに決められて敗退してしまったが、スター軍団を追い詰めることができた。
その中心にいるのが、昨季ヘタフェからバレンシアの監督に抜擢されたキケ・サンチェス・フローレスである。彼の手腕なしに、バレンシアがここまで輝きを発することはできなかっただろう。
ヨーロッパではまだまだ無名のこの若手監督は、いったいどんな力を秘めているというのだろうか?