俊輔inグラスゴーBACK NUMBER
最終回 東京で「飛躍の2年目」を締めくくる。
text by
鈴木直文Naofumi Suzuki
photograph byNaofumi Suzuki
posted2007/05/14 00:00
中村俊輔がグラスゴーで過ごした2年目は、彼のキャリアでおそらく最高のシーズンになった。セルティックはSPLを2連覇、CLではクラブ史上初めてのグループステージ突破を果たし、その双方の「決勝弾」が中村の直接FKによるものだった。特にマンチェスター・ユナイテッド戦2ndレグでの一発は、国外に対して「ナカムラのFK」を強烈に印象づけただけでなく、スコットランド国内において中村がSPLの「顔」として認知される契機にもなった。無論、リーグ戦での活躍とチームへの貢献度にも疑いの余地は無い。チームの総得点のうち、中村の絡んでいないものの方がむしろ少ないくらいだろう。12月26日のダンディー・ユナイテッド戦で見せたチップインは、今季のSPL最高のゴールに選ばれた。選手と記者が選ぶ年間最優秀選手のダブル受賞は誰にも異論のないところだ。
連覇を決めたキルマーノック戦。六本木のアイリッシュ・パブPaddy
Foley'sには、優勝の瞬間を見届けようと東京セルティック・サポーターズ・クラブ(TCSC)の面々が集っていた。人数は丁度両手に余るほど。家が遠いというスコットランド人メンバーは来ておらず、全て日本人だ。とはいえその半数は中村が移籍する以前からの「生粋」のセルティック・サポーターだという。
「前は滅多に放送が無くてホント苦労してたからなぁー。今は毎週やってくれるから嬉しいよねぇ。」
と、広報担当の山下さんは言う。中村効果によるセルティック人気を純粋に喜んでいるのが清々しい。日本でセルティックをサポートする辛苦を乗り越えた笑顔である。
他方、この夜、店を訪れた外国人客の大多数は、奥の大スクリーンに映し出されたニューカッスル対チェルシーがお目当てのようで、TCSCのために用意されたのは入り口近くの小さなスクリーンだった。その後方でクールなそぶりで両方の試合を眺めていたグラスゴー出身の男性はこう言った。
「俺はリバプールを応援してるよ。セルティックもレンジャーズも興味ないね。パーティック・シスル(グラスゴー第3のクラブ)の方がまだましさ。奴等にあるのは伝説だけだからな。」
ホームのニューカッスルが優勝争い中のチェルシー相手にドローに持ち込むと、彼は嬉しそうに飛び跳ねて店外へ。携帯で友人に報告を済ませると、セルティック戦の終了を待たずに帰っていった。まるで「俺はホンモノのフットボールにしか興味はないぜ。」とでも言わんばかりに。
中村が筋書き通りロスタイムに決勝FKを放り込み、セルティックが優勝を決めると、TCSCのメンバーによる大合唱が始まった。英語の歌詞を全て諳んじている皆さんには脱帽するばかりだ。歓喜する緑色の日本人たちを嬉しそうに見守るのは北アイルランド出身のオーナー、ニール。カウンターの隅で、はしゃぐでもなくチビチビやっている強面で黒ずくめの中年男2人組も、実はグラスゴー出身のセルティック・ファンだと教えてくれた。そのうちの1人が言う。
「俺は小さい頃からもう50年来セルティック命なんだ。中村?まあ、いい選手だよ。」
そして一口ビールをすする。こちらもまたクール。
ついでながら、こちらもクールにこの連載を締め括らせてもらうことにしよう。この日、目を覆わんばかりのパフォーマンスながら、やっとのことで優勝を決めたセルティックだが、実質的には年明け前に既に目鼻はついていた。乱暴な言い方をしてしまえば後は手続き的な問題で、選手の方もACミランとの2戦を終えた時点で半ば終戦モードに入ってしまった。だから、その後の調子が上がらないのも無理からぬことなのだが、地元メディアやファンの攻撃は止むことなくセルティックの得点力不足と退屈な試合内容に向けられている。一部のファンはゴードン・ストラカン監督の更迭すら口にするようになった。彼を掠め取ろうと手ぐすねを引いているプレミアのクラブには事欠かないというのに。
万一ストラカンが引き抜かれてしまうとしたら、既に3年目もセルティックにコミットする意向を表明した中村にとっても由々しきことだ。今季の彼の「ブレイク」は、この2年間のストラカンとの良好な関係あってこそなのだから。監督が代わってもSPLとCLで同様の活躍を繰り返すことができるか、はたまたストラカンと組んでプレミアシップでの新たな挑戦への道が開けるのか。そもそも最も可能性の高いシナリオである両者残留となった場合でも、今年と同じ環境でどの程度のびしろが期待できるのか、という問題がある。
いずれにしても、中村俊輔本人は誰よりもクールにこういうはずだ。
「いや、ただひたすらいいプレーするだけ。」
と。