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<検証紀行・理想郷へ> FCバルセロナ 「メッシを授かったカタルーニャの至福」 

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熊崎敬

熊崎敬Takashi Kumazaki

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photograph byTakuya Sugiyama

posted2010/02/23 10:30

<検証紀行・理想郷へ> FCバルセロナ 「メッシを授かったカタルーニャの至福」<Number Web> photograph by Takuya Sugiyama

予測と即興で奏でる10年後のフットボール。

 ふと気づいた。1月16日に目撃したのは、〈未来のフットボール〉だったのかもしれない。「90分間ボールを支配し、敵陣で攻め続ける」というクライフの理想が、ほとんど現実になっている――。

 10年後のバルサを思い描いた。

 2020年1月16日、ニュースキャスターは表情を変えずに伝えた。

「今日のバルサは8対0でオサスナを破り、連勝を28に伸ばしました。ボール支配率は前節に続き、90パーセント以上を記録。オサスナでまともにボールに触ったのは、50本のシュートを浴びたキーパーだけでした」

 これはフットボールだろうか。

前人未踏の6冠制覇を成し遂げたペップの原点。

写真

バルセロナ寄りの地元カタルーニャのスポーツ紙『ムンド・デポルティボ』に読みふけるバルサ・ファン。対して、スペイン最大のスポーツ新聞『マルカ』はレアル・マドリーを応援する

 カタルーニャは山の国、と言われる。

 バルセロナ市街のサンツ駅で内陸に向かう郊外電車に乗ると、街から丘陵、丘陵から山へ、車窓はみるみるうちに変わっていった。聖地モンセラットの屹立する巨岩を仰ぎ見るように電車は進み、1時間と少しで終点マンレサに着く。バスに乗り換えて30分ほどで、目指すサン・ペドル村にたどり着いた。

 牧草の匂いを嗅ぎながら通りを歩くと、あっという間に集落の端に行き着いてしまった。

 サン・ペドル村には、逸話がある。

〈1808年、ナポレオン将軍率いるフランス軍が、カタルーニャを制圧しようと村に攻めてきました。このとき、ひとりの男が一心不乱に太鼓を打ち鳴らして敵兵を撃退しました。フランス軍は大勢の伏兵が潜んでいると勘違いしたのです――〉

 201年後、サン・ペドルの男がふたたび勇名を轟かせた。内装屋一家の息子ペップが、バルサを率いて前人未到の6冠制覇を成し遂げたのだ。ペップは名誉村民となり、小さな村の競技場には、彼の名が冠されている。

努力と敬意、犠牲の精神でバルサの「社風」を変えた。

「このチームの強さは、ペップの人柄によるところが大きい。ほら、田舎者は人生で何が大事かわかっているだろう」

「ああ、努力や敬意、そういうものだよね」

 カタルーニャを代表する日刊紙の記者ふたりが、ウイスキーを呷りながら喋っている。

「それに犠牲の精神だ。何かを手に入れるのは、決して簡単なことじゃない。そのことをペップは知ってるんだ」

「それは彼が現役時代、ロマーリオやメッシのような神に選ばれし者じゃなかったからだろう。強くもないし、速くもない。だから仲間を大事にして頭を使った」

「そう、だからペップは謙虚なんだ」

 ぺップが監督になり、バルサの「社風」は変わった。派手な服より、流す汗にこそ価値がある――。勝つために大事なことを、だれもが知っている。

 カンテラ育ちで、'90年代にフォワードとして活躍したオスカルによると、2歳年上のペップは、疑問があると納得がいくまで監督に質問していたという。'01年、イタリアに行くことになったペップはオスカルに言った。

「外国に行って、ここにはない何かを学びたい。将来、バルサのために生かすことができると思うんだ」

(続きは Number748号 で)

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