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田中将大 したたかな19歳。
text by
中村計Kei Nakamura
photograph byHideki Sugiyama
posted2008/04/17 17:10
「ハンカチ王子」フィーバーで空前の盛り上がりを見せた2006年夏の甲子園。夏3連覇を目指していた駒大苫小牧は、準決勝で強打で全国にその名を知られている智弁和歌山と対戦することになった。智弁和歌山は、前の試合、最終回に4点差を跳ね返し帝京にサヨナラ勝ちを収めるなど、その夏も看板に偽りがないことを証明していた。
当時、駒大苫小牧の監督だった香田誉士史は、エースの田中が不調だったこともあり、恐怖感が先行していたという。
「やっべえかな、って。相手は、対田中を想定して、春からマシンで150kmの球と、130kmのスライダーを特訓してきたみたいなことも言ってたじゃない。でも、将大(=田中)はさ、『大丈夫です、むしろやりやすいです』って、あっさり。コイツすっげえなと思ったけど、監督だから、そんな態度見せられないじゃない。だから俺も『おっ、そうか』みたいなね」
その試合、田中は有言実行した。2回からリリーフし、巧みに打者のタイミングを外し10奪三振。この夏、いちばんの投球を披露し、7-4でチームを勝利に導いた。そして試合後、平然とこう言ってのけた。
「マシン相手に練習しているぶん、打ち方が窮屈というか、弱点があった」
智弁和歌山が見落としていたもの──。田中の武器は、150kmの真っ直ぐと130km超のスライダーだけではなかった。敵の本質を見抜く深い洞察力。それこそが、田中を田中たらしめているものなのだ。
高校時代から田中とは何度となく話をする機会を持った。だが本人の口から、理想の投手だとか、憧れている投手の名前を聞いたことは一度もない。子どもの頃、誰か好きな選手のポスターを飾っていたこともないという。
自分は自分でしかありえない。そこには、そんな強烈な自負が見え隠れしている。だから、安易なレッテルを貼られることに苛立ちを覚えずにはいられないのだ。
田中は、今のプロ野球界では実に希有な投手だ。150kmを超える速球を持ちながらも、カーブ、スライダー、フォークボール、チェンジアップ、ツーシーム、カットボールと、6種類もの変化球を操る。無論、その背景には、田中のストレートが球速の割には通用しないという現実がある。
「真っ直ぐにいいもんがあったら、真っ直ぐでいきますけど、今の自分にはない。それなのに真っ直ぐでいってどうすんの、って感じですよね。抑えるって気持ちは人一倍強いですけど、球種は何でもいい。そういうピッチャーがいてもいいじゃないですか。真っ直ぐを多く投げなければいけないという決まりがあるわけでもないし」
変化球投手。今の田中の投球スタイルを見る限り、その印象は否めない。
昨年、田中から5敗を喫したソフトバンクの監督、王貞治は、メディアを通じて、ことあるたびに「変化球でかわしすぎ」と田中に対して助言というオブラートに包んだ挑発的な発言を繰り返している。それに対して、本人は「僕は変化球投手ですから」と軽くいなすが、それはあくまで戯れ言に過ぎない。
「本格派だろうが、何派だろうが、抑えりゃいいんですよ。変化球投手、変化球投手って、みんな言いますけど、変化球投手が悪いみたいじゃないですか。なんなんすかね。わからないです、僕には」
抑えりゃいい──。正論だ。19歳とは思えないほど老成している。ただ、だからだろう、認めているからこそ、球界の大先輩たちは何か言わずにはいられない。年配者から見ると、劣等生は面倒な反面かわいく、優等生は楽な反面どこかおもしろくないものなのだ。