記事を
ブックマークする
【動画】「日本で一番上手いショートになれ」中大・藤本陽毅が明かす小牧憲継監督との“約束”と独自のチーム力が生まれた理由とは?《特集:京都国際②》
6回目のシリーズに登場するのは、2024年に初優勝を果たした京都国際OBたち。甲子園初出場からわずか3年で日本一に輝いた新鋭の強さはどこにあるのか。当時主将としてチームを牽引し、中央大学でも高い守備力を武器に活躍する藤本陽毅内野手に話を聞いた。《中崎琉生投手の動画インタビューも公開中。西村一毅投手も近侍中に公開予定》
福岡の中学生だった藤本陽毅は、京都国際の〝牛若丸〟の守備に魅了されていた。
その名のごとく、軽快な動きで打球を捌く。2019年、上野響平が織りなすプレーを藤本は脳裏に焼き付けた。その2年後に京都国際が夏の甲子園でベスト4となると、決意が固まる。「どうしても京都国際で野球がしたい」と、父親を説得して念願を叶えた。
自身も内野手としてプレーした監督の小牧憲継は、センターラインを重要視する。特に二遊間は「京都で一番を目指せ」と、ここを守る選手にはっぱをかける。藤本にも「この環境ならうまくなる」と、確信があった。

京都国際のグラウンドは、ホームからレフト、センター、ライトの距離がそれぞれ70m程度と狭い。だからこそ、キャッチボールから動きにバリエーションをつけるなど、守備練習に工夫が凝らされていた。
「基本からアグレッシブなプレーまで教われたことが、成長につながったと思います」
1年生だった22年夏の甲子園に主力として出場した。すぐに頭角を現した藤本だったが、当時の自分について「甘えた部分があった」と反省の色を示している。転機は2年生の秋。体調不良で近畿大会に出場できなかったなか、チームがセンバツ出場を決めた。「自分のためにみんなが頑張ってくれたんだ」と、感謝がこみ上げてくる。この出来事が、藤本を変えた。
キャプテンとして迎えた3年生の夏。監督が大事にするチーム力において、藤本は誰よりも練習し、背中で選手たちを引っ張った。甲子園では初戦の札幌国際戦で2安打3打点と気を吐き、その後に次々と登場する「日替わりヒーロー」の先陣を切った。
決勝戦の記憶は「インタビューが嫌」
そうして迎えた、歓喜の瞬間。藤本にはうれしさ以上に、優勝チームのキャプテンに課せられた役目への憂鬱さが去来していた。
「『優勝インタビューが嫌だ』という気持ちしか覚えていなかったです」

京都国際での3年間を振り返れば、監督の厳しさに辟易することもあった。しかし、「日本で一番うまいショートになれ」と尻を叩かれ続けたことに、今では愛情を感じる。
卒業後、中央大に進んだ藤本は、高校時代のように痛感するのだ。「自分は甘い」と。
「大学の環境に慣れたせいか、高校より練習しない自分がいて……」
教訓が〝日本一のショート〟を刺激する。もっとうまくなれると、前を向かせる。
センバツで青森山田に敗戦。チームに芽生えた一体感
動画では以下のような話題についても語っています。
- きっかけはFAX? 京都国際入学秘話
- 小牧監督が掲げる「京都№1二遊間」への道筋
- 2年生で天狗に? 自分の甘さに気づいた体調不良
- センバツで青森山田に敗戦。チームに芽生えた一体感
- 夏の甲子園で「日替わりヒーロー」が生まれた理由
- 「嫌すぎた」甲子園の優勝インタビュー
- 「うざい」と思ったことも。卒業してわかる小牧監督の愛情
- プロ志望から名門大学へ。今感じる課題とは
京都国際のキャプテンとしてチームを日本一へと導いた藤本陽毅選手。中央大でも持ち前の守備で存在感を示しています。約20分間の動画インタビューを是非ご覧ください。

※動画配信画面は、NumberPREMIERにご入会いただき、ログインすると本ページ上部に表示されます。
プラン紹介
「雑誌+年額プラン」にご加入いただくと、全員にNumber特製トートバッグをプレゼント。
※送付はお申し込み翌月の中旬を予定しています
「雑誌+年額プラン」にご加入いただくと、全員にNumber特製トートバッグをプレゼント。
※送付はお申し込み翌月の中旬を予定しています
このシリーズの動画を見る
記事


