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《完全保存版》47都道府県別「球史に残る涙のエース」吉田輝星(秋田)/坂本佳一(愛知)/吉井理人(和歌山)/野村祐輔(広島)/板東英二(徳島)ほか

2026/08/10
2018 決勝|大阪桐蔭vs.金足農 吉田輝星が1大会で投じた881球は、斎藤佑樹に次いで歴代で2番目に多い球数だ
ある者は痛みを堪えながら懸命に腕を振るい、またある者は劇的決着に思わず天を仰いだ。夏の栄冠を掴むことは叶わなかったものの、郷土の人々の心に残る47人のエースを振り返る。(原題:[完全保存版]47都道府県別 球史に残る涙のエース )

1995・北海道・角井修(旭川実)

“黒潮打線”を破った完投劇。

 春夏通じて甲子園初出場ながら初戦で松山商、2回戦で鹿児島商と古豪を退けた。2試合計12失点と打線の援護に救われていたエースの名場面は、銚子商との3回戦である。選抜準優勝校伝統の“黒潮打線”を相手に2失点の完投を演じ、北北海道勢初のベスト8進出。北海道知事と旭川市長も応援に駆けつけた敦賀気比との準々決勝では敗れたが、3失点完投と意地を見せた。

1969・青森・太田幸司(三沢)

元祖アイドル球児の熱投。

 端正な顔立ちのエースは、甲子園で投げるたびにファンを虜にした。3季連続出場となった3年夏。全試合を完投していた右腕は松山商との決勝戦でも延長18回を投げ切り、0対0の引き分け再試合の死闘を演じる。翌日の試合で敗れたが、県勢初の準優勝に青森が沸いた。大会の主役となったみちのくのスターは「コーちゃん」と人気を博し、甲子園の元祖アイドルとなった。

2009・岩手・菊池雄星(花巻東)

快速左腕はケガに泣いた。

「打者の手元で伸びる」と相手を唸らせる、150km超えのストレート。選抜準優勝の立役者で夏も「No.1」と評されたが、甲子園では満身創痍だった。初戦の長崎日大戦で背中を負傷し、準々決勝の明豊戦でも再び痛める。中京大中京との準決勝では「一生、野球ができなくなっても」と3番手で投げるも、2死しか取れずに降板。岩手の期待を背負ったエースは敗れ、号泣した。

2018・秋田・吉田輝星(金足農)

「金農旋風」、王者の前に散る。

 記念すべき100回大会に現れた超新星。最速150kmのストレートを力強く投げ込み、鹿児島実、大垣日大、横浜、近江と、強豪相手に夏は史上7人目の4試合連続2桁奪三振を披露する。準決勝でも日大三を倒し「金農旋風」を巻き起こした。決勝戦は選抜王者の大阪桐蔭に5回12失点も、県勢103年ぶりの準優勝。「甲子園はでかかった」と涙した英雄に日本中が熱狂した。

1985・山形・藤原安弘(東海大山形)

ひじの痛みを抱えて20失点。

 甲子園を目指し、兵庫から山形まで来た男の右ひじは、3年夏に甲子園出場を決めた時点で限界だった。初戦の相手は優勝候補の筆頭PL学園。5回20失点の無残な結果に「恥ずかしかったがひじが痛く、それどころじゃなかった」と言う。2番手投手も猛攻を受けスコアは7対29。のちに県議会で議題に挙がるほどの惨敗だったが、エースは「山形に来て正解だった」と誇った。

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photograph by Hideki Sugiyama

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