阪神が追いつめられていた。
秋晴れの甲子園は陽が傾くにつれて、わずか1点が重くのしかかってくる。逆転優勝の望みは首位巨人との2連戦2連勝で繋がる。9月22日の初戦を制して1ゲーム差に迫ったが、翌23日は0-1のまま、9回裏を迎えていた。クローザー大勢の前に凡打を重ねて2死走者なし。もはや、これまでか……。万策尽きたようだった。
その直後である。代打の糸原健斗が内野安打で出塁すると、岡田彰布監督はすぐにベンチを飛び出した。66歳の指揮官はまだ勝負を捨てていなかった。走塁のスペシャリスト、植田海を代走で投入したのだ。
岡田は植田に「行ける時に走れ」という指示を出した。大勢はクイックモーションが速い投手ではない。だが、投球間隔の間を変え、牽制球を投げたり投げなかったりして工夫し、走者をくぎ付けにしてくる。
一塁に立つ植田は間合いを計る。木浪聖也への初球の直前、大勢は植田を目で制し、投じた154kmが外れる。2球目の153kmはストライク。3球目だ。植田は猛然と駆け、二塁に滑り込んだ。巨人のリクエストは覆らず二盗に成功。盗塁失敗なら敗戦が決まり、リーグ連覇が遠のく土壇場にもかかわらず、岡田は植田を走らせ、9回2死二塁という一打同点の場面を演出した。
その姿には、将としての覚悟が表れていた。窮地で“奇策”を講じて失敗すれば、責任も批判も監督に降りかかる。だから、選手任せになりがちな局面なのだが、岡田は違う。矢面に立ち、自らのベンチワークで勝機をたぐり寄せようとした。勝敗のすべてを引き受ける。そこには監督としての岡田の潔さがあった。
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