グループEの厳しい組み合わせにも、不敵な笑みを浮かべて「いつも通り1対1を仕掛けるだけ」と自信を見せる新エース。エリートコースの外だからこそ育まれた、型破りな素顔とは。
「いざ勝負! 行きますよー!」
いきなりの声に驚いて顔を上げると、すでにブロンドのドリブラーが私の目の前に迫っていた。
「え、ちょっと待ってよ……」
とりあえず足を出したとき、敵はもう目の前にいない。
「はいざんねーん!」
リフティングしながら、伊東純也は高らかに勝ち誇った。
2019年春先、ヘンク移籍直後の伊東を現地で取材したときのことだ。チーム練習が終わった昼下がり、スタジアム横のグラウンドで撮影の準備をしていたところ、ひまを持て余したのか、伊東が突如ドリブルを仕掛けてきたのだ。
50の大台が近づいていたとはいえ、私もかつてはサッカー少年。簡単には引き下がれない。再勝負を挑んだものの、駆け引きする間もなく一気にぶち抜かれた。
「はい、おつかれー!」
いたずらっぽい笑みを浮かべる伊東は、まさにサッカー小僧だった。
オンラインのインタビューで3年ぶりに再会した伊東は、このときの1対1を憶えてくれていた。
「あーそれ、ユースのグラウンドすね」
――それでぼくはいま、伊東さんと1対1で勝負して抜かれたんだよって、いろんな人に自慢してるんです。
すると画面上に映る伊東は、は? と首をかしげ、半笑いで言った。
「そんな抜かれたこと自慢になんないっす」
このやりとり、清々しいくらい噛み合っていない。私は遠まわしに「あなたはスターなんですよ」と伊東を持ち上げたつもりだったが、彼には1対1に負けて自慢する意味がわからない。伊東が生きる勝負の世界には、つまらない忖度など無用なのだ。
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photograph by Ryu Voelkel