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25年前に幻の「中学生ドラフト指名」が…あの大投手を獲ろうとした伝説のスカウトが語る“常勝ホークス”への道「当時は、ルールギリギリやな」 

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喜瀬雅則

喜瀬雅則Masanori Kise

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posted2026/10/30 11:30

25年前に幻の「中学生ドラフト指名」が…あの大投手を獲ろうとした伝説のスカウトが語る“常勝ホークス”への道「当時は、ルールギリギリやな」<Number Web> photograph by JIJI PRESS

ホークスの名スカウト・小川一夫が25年前に「中学生ドラフト指名」を検討した投手とは……? 写真は2軍監督時代の小川

「ギリギリやな、ルール、ギリギリ」と小川が笑いながら振り返る、当時の目玉選手を巡る水面下での激しい他球団との攻防は、決してきれいごとばかりではなかった。そんな激動の時代に、小川は他球団からも一目置かれた存在だった。

「いろんなことを言われるけど、結局、突き詰めていったら、やっぱりどこよりも早く情報を知るとか、行動するとか、評価をきっちりするとか、そういうことをしないと、獲得へのゴーサインとかは出ないんよ。だから、今以上に『誠意』というのが通用した時代でもあったよ。『ずっと見てくれていた』とか『最初に見に来てくれた』とか、そういうことって結構、選手にインパクトはあるよね」

 1993年から「逆指名」、2001年からは「自由獲得枠」として各球団2人まで、05年からは「希望枠」として各球団1人まで、大学・社会人選手に限り、選手が希望球団を選ぶことができた。しかし、球界再編騒動が勃発した04年、複数の球団で「栄養費」と称した“裏金”がスカウトからドラフト対象選手に渡っていたことが判明し、巨人、阪神、横浜のオーナーが相次いで引責辞任。さらに07年にも裏金問題が表面化すると、この年を最後に「逆指名制度」は廃止され、08年から1位指名は入札・抽選、2位以降はウェーバー順となり、現在に至っている。

資金力のある球団と張り合う極意とは……

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 そのかつての逆指名時代に、有力選手を獲り合うライバルは、いわゆる資金力の豊富な人気球団だった。小川によれば「ジャイアンツ、そして在京セ。パ・リーグなら西武。中日も星野(仙一)監督の頃は結構、積極的にスカウトに来ていた。そういったところに、財力だけでは勝てないからな」。

 そうした他球団に先んじて動くべく、情報のアンテナを張り巡らせ、選手の両親、所属チームの監督、コーチ、高校や中学時代の恩師ら、ありとあらゆる関係者、ツテを辿り、がっちりとしたパイプを作る。その極意を小川に教え込んだのが根本だった。

 西武の黄金期を築き、ダイエーの創業者にして球団オーナーを務めた中内㓛が、チームの根本的な強化を図るべく、自ら根本の招聘に乗り出したと言われている。その根本からスカウト術を直接叩き込まれたのは、ソフトバンクの球団内でも「もう俺だけやな」と小川はいう。それも、ああしろ、こうしろ、といった交渉術や選手発掘のテクニックではなく「未来予想図みたいな話、よくされたよな」。

【次ページ】 根本から授けられた教訓

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