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巨人・松井秀喜監督就任で思い出す24年前の光景「あの日は全く笑顔を出すことができませんでしたが…」決断のウラにあった長嶋茂雄との2人だけの「約束」 

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鷲田康

鷲田康Yasushi Washida

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posted2026/10/24 18:20

巨人・松井秀喜監督就任で思い出す24年前の光景「あの日は全く笑顔を出すことができませんでしたが…」決断のウラにあった長嶋茂雄との2人だけの「約束」<Number Web> photograph by JIJI PRESS

巨人の新監督に就任した松井秀喜。ドラフト会議翌日の10月23日に就任会見が開かれた

「現役のときはどうしても、良いプレーしなくちゃいけないと。チームを勝たせなくちゃいけないというそっちにいきますよね。その(野球の伝道師という)役目は僕はこれから担っていくんじゃないですか」

 そしてそのときまず自分にできることとして長嶋さんと約束したのが、子供たちが野球を始めるきっかけを作ることだった。

「野球を始めるきっかけはなんでもいいわけですから。野球をしたいという子供が増えることが大切だと思います」

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 そう語った役割を果たす時が、いま来たのである。

「私には長嶋監督ほどの社会的な影響力があるとは思っていませんし、私がいま課された仕事を行っていくこと、ジャイアンツの選手と共に朝から汗をかくことです。その姿を見て、またジャイアンツを応援したい少年たち、野球を始めたい少年、少女たちが出てくれれば嬉しいですけど、私にその力があるとは思っていません」

 就任会見ではあのとき交わした約束を松井監督は控えめに再び口にした。

背番号「90」を選んだ理由

 ただ「野球の伝道師」となるために、松井監督は再び巨人のユニフォームに袖を通す決意をしたことだけは間違いない。

 選んだ背番号は「90」番。長嶋さんの第1次の監督時代の1975年から6年間背負った番号だった。

「おそらく“選手・長嶋”がいない巨人軍で大変苦労され、またその反面、大きな情熱で若い選手たちと向き合ったと思っております。私もその気持ちをもちろん継いでいきたいというのが一番です」

 そして長嶋さんが生きていれば今年で90歳を迎えていたこと、松井監督の現役時代の背番号は55だったが、実は最後に所属したタンパベイ・レイズでは背番号が35で、その二つの数字を合わせると90になる。

「これから新たなスタートを切るには90番が一番、相応しいなと思って選ばせてもらいました」

 松井監督はこう語っていった。

 長嶋さんが最初に監督になった時と同様に、今、巨人は戦力的には厳しい局面に立たされている。岡本和真内野手がブルージェイズに移籍し、長距離打者不在の中でチームを作り直して、再び野球界の中心に戻ることこそ長嶋さんが松井監督に課した使命なのである。

「ジャイアンツはV9以降、本当の意味での黄金時代はV9以外来ていない。新たな黄金時代が訪れるよう、今日からスタートしていきたい」

 野球の伝道師として、低迷ジャイアンツの再生の切り札として、長嶋さんとの約束を果たすためにゴジラが帰ってきた。

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