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「球団の体質にいいイメージは持っていません」球団社長との“密談”で本音…なぜ高津臣吾は「絶縁」決めたヤクルトに戻ってきたのか
posted2026/10/09 06:02
2021年、日本一を決めて会見に臨んだヤクルト・高津臣吾監督
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高津臣吾Shingo Takatsu
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JIJI PRESS
2013(平成25)年、僕は22年間に及ぶプロ野球生活に区切りをつけ、野球評論家、解説者として活動することになった。
新潟アルビレックスBCで兼任監督までやり遂げ、自分の中では「やりきった」という思いが強かった。だから、「まずは少し休みながら、現場を離れて外側から野球を勉強してみよう」という思いで、メディアの世界を活動拠点に据えた。
スーツと革靴でグラウンド「居心地が悪かった」
でも、実際にスーツを着てグラウンドに立ってみると、そこには言いようのない違和感があった。テレビ解説の仕事で神宮球場や他球場へ行き、顔見知りの監督やコーチ、選手たちにあいさつをする。評論家としての当然の振る舞いだ。
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けれど、どのチームにも所属せず、ユニフォームではなくスーツ姿で、スパイクではなく革靴でグラウンドにいるということが、僕にはどうも居心地が悪かった。
それまでの「スワローズの高津臣吾」という肩書きがあった現役時代とは、見える景色が決定的に違っていたのである。
解説者の仕事は、新しい発見も多くて確かに楽しかった。
現在、かつてチームメイトだった真中満や五十嵐亮太も、評論家として各メディアで活躍している。彼らの楽しそうな姿を見ていると、「本当に新しい世界を楽しんでいるな」と感じるし、彼らにはその生き方が合っているのだろうと思う。
「忘れられない、麻薬のような中毒性」
だけど、僕自身がどうかと問われれば、やっぱり「勝負の土俵に上がっていたい」という気持ちが心のどこかに常にある。
毎日、生きるか死ぬかの戦いの中に身を置き、「どうしよう、どうしよう?」と頭を抱えながら策を練る。成功したときの喜びと達成感。うまくいかなかったときの悔しさと屈辱。あのヒリヒリするような感覚は一度味わってしまうと忘れられない、ある種の麻薬のような中毒性が、勝負の世界にはあるのだろう。
ユニフォームを脱いで、ストレスを感じることなく、ゴルフをしたり、家族との時間を満喫したり、メディアで新しい世界を経験したりする楽しさも、もちろん人生のすばらしい選択肢の一つだ。でも、僕にとっては、グラウンドに立って勝負の厳しさに身を投じている方が、自分らしくいられる気がする。
この1年間、グラウンドの外から野球を見つめた時間は、僕に「自分は何者なのか?」を再認識させてくれた。「解説者・高津臣吾」として過ごす時間は、決して遠回りではなかった。外の世界を知ったからこそ、自分が本当に帰るべき場所がどこなのか、確信を持つことができたのだと思う。
僕の戻るべき場所は、やはりスタジアムなのだ。
わずか1年――。ユニフォームを脱いでたったそれだけしか経っていないのに、僕は早くもグラウンドに戻りたくて、うずうずしていたのである。
そんな思いを抱いていた13年秋、携帯電話が鳴った――。

