甲子園の風BACK NUMBER
「日本でもっとも若いコーチ陣」「1年生を主将に」26歳で就任、3年目で甲子園出場…あの斬新ユニ校の青年監督の本音「目標が『出たい』ではダメ」
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元永知宏Tomohiro Motonaga
photograph byKYODO
posted2026/10/13 06:07
斬新なユニフォーム、若いコーチングスタッフと話題に事欠かない青藍泰斗高だが、青山監督は真摯な指導哲学を持つ
もっと、ちゃんとやろう
「自主練習も進んでやる子たちなのに、いい試合をしても勝てませんでした。だから、みんなでもっとちゃんとやろうと話をしました」
何を「ちゃんとやろう」としたのか?
「練習に対する心構え、生活面の見直し。細かい部分に目を向けなきゃいけないというところにたどりつきました。そのやり方が浸透したのは佐川たちの学年が最上級生になった頃(2年秋)ですね」
指導者としてのキャリアの浅い青山は、自身に監督としての実力が十分にあるとは思えなかった。
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「どんな監督が正しいのかということがまったくわからなかったので、自分なりに勉強しました。雑誌や書籍を読んだり、YouTubeを見たり、いろいろな方に話を聞いたり。そういうなかで、自分なりの監督像が見えてきました。
でも、まだ若い自分だけの力では無理だなと思ったので、コーチや部長、生徒にも意見を聞きました。練習メニューについても相談しました」
他者との対話によって、青山は道を開こうとした。
「キャプテンを中心に話をしていきました。『失敗するだろうな』と思うことであっても、基本的にはまずやらせてみようと考えました」
どういうふうに戦っていきたいか?
これからどんなチームをつくりたいか?
「生徒にこんな疑問をぶつけると、『打って勝つ野球がしたい』という答えが返ってきました。打力で圧倒するのはたしかに気持ちがいい。しかし、自分たちの打力、フィジカルの強さを相手と比較した時には難しいだろうと思いました」
失敗して訪れたターニングポイント
それでも、青山は選手の意見を尊重し、その方向で戦うことを選択した。しかし、大会で勝ち上がることができなかった。
ここがターニングポイントだったとあとになってわかる。みんなで失敗を認めたから、「なぜだろう」と考えることができたのだ。
「もともと青藍泰斗は打力のチームだったので、生徒がそうしたいと思うのは当然なんです。だけど監督としては、守備を大切にしたいという思いがありました」
栃木には3度も日本一を経験した作新学院という強大な敵がいる。2011年から9年連続で夏の甲子園に出場した強豪だ。

