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「自分が甲子園出たかなんて、指導に関係ある?」専大松戸の老将が4校を甲子園出場させた秘訣とは「昔は乱暴も言ったけど…今は俺が一番怒らない」

posted2026/10/13 06:05

 
「自分が甲子園出たかなんて、指導に関係ある?」専大松戸の老将が4校を甲子園出場させた秘訣とは「昔は乱暴も言ったけど…今は俺が一番怒らない」<Number Web> photograph by JIJI PRESS

4校で甲子園に出場し、現在も専大松戸を率いる名将・持丸修一は80歳近くなっても指導の試行錯誤を続けている

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元永知宏

元永知宏Tomohiro Motonaga

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旧態依然とした指導もいまだないとはいえない高校野球の世界。選手たちとの新たな向き合い方が求められる令和の時代、甲子園に出場するような強豪校であっても監督たちは試行錯誤をつづけている。さまざまな年代の監督たちの考えを訊いた、『甲子園監督に学ぶ 10代の心を動かす教え方』(竹書房)から、専大松戸を率いるベテラン、持丸修一監督の指導論を抜粋・再構成してお届けします。〈全3回/広島商業編・青藍泰斗編も公開中〉

 野球に限らず、多くのスポーツはその競技で成果を挙げた者が指導を行うことが多い。全国大会や国際大会で好成績を残した選手が、その経験を活かすケースがほとんどだろう。彼らの指導のベースには、自身の成功体験がある。

 逆にいえば、そこから自由でいられる指導者は少ない。

 茨城県立の竜ヶ崎一、藤代、私立の強豪・常総学院(茨城)、専大松戸(千葉)と4校を甲子園に導いた持丸修一監督は竜ヶ崎一の二塁手として1966(昭和41)年夏の甲子園に出場している。しかし、「甲子園に出られるとも思っていなかったし、甲子園を目指して野球をやっていたわけではない」と言う。

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「高3の夏の甲子園に出て1勝したんだけど、自分では『甲子園に行った』という感覚が全然なかったし、どんな試合だったかも覚えていない」

自分が甲子園に出たかどうかなんて、関係ある?

 持丸は難関を突破して高校野球の聖地に立ったものの、誇らしいとも思わなかった。甲子園出場=成功だとは捉えなかったからなのだろう。自身の体験の上に指導者としての哲学や育成法を積み上げる指導者が多いなかで、珍しい存在だと言える。 

「甲子園に出たかどうかに執着する人がいるでしょ。選手でも監督としてもそう。でも、そんなこと、本当に関係ある?」

 持丸は2026年の4月で78歳になった。

「俺も昔は手を出していたことがある。乱暴なことも口にしたけど、『死ね』とかいうようなひどいことは言わなかった。人間の尊厳を踏みにじるようなことは絶対に。

 卒業して何年も経つ教え子がグラウンドに顔を出してくれることがよくあるんだけど、俺はこう言うんだよ。『あんだけ俺にやられて、よく顔を見に来るなあ?』って(笑)。『先生、今なら謹慎じゃ済まないですよ』とみんな、言っているくらい」

 冗談交じりに微笑むベテラン監督が鉄拳をふるう姿は想像できない。

【次ページ】 最近の生徒は、ことわざを知らないね

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